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今回、投薬治療を開始した動機として、一番大きいのが「迷惑をかけたくない」である。


よく、定型の方でADHDに理解ある、ないしは職業柄理解しようとしてくれる人に軽く(あくまで軽く)カムアウトすると、
「ADHDの特性は個性なんだから、そのままでいいのよ!」
「自分の得意なところを延ばして、苦手なところは助けてもらえばいいのよ!」
と言われる。

これ、言われる度になんとなぁく違和感を覚えていて、これは一体なんなんだろうなぁと思っていたのだが、
最近になってこの正体がわかる。


いや、そもそもわたしは、わたしの個性とやらで人に迷惑かけたくないんですよ。
だって定型の人がさらっとこなせることを、私は多大なる迷惑と被害を与えながらやっているんだから。
それってつまり、わたし自身の存在そのものが、迷惑ってことじゃん。、(この辺りはもはや中二病発言だが)


よく、障害者の方々が
「自分だけの力で、できる限りやってみたい」
「人に頼らず生きていきたい」
と言われたりするが、あの気持ちが本当によくわかるようになった。


甘えたい・振り向いて欲しいなどの積極的な感情がない限り、
人に迷惑をかけるというのは、本当に嫌なことだ。
自分が一発言一動作する度に、誰かに負担を強いているかと思うと、本当にやりきれなくなる。
そういうのを害虫というんじゃないのか?と、自分がここにいていいのかはなはだ疑問にもなる。


けれど一方で、100%迷惑をかけない人もいない。
定型の人だってなんだって、多少は誰かに頼りながら支えられながら生きているものだ。
であれば、迷惑をかける回数を少なくする努力は必要であっても、ここから消えた方がいいという結論は、ちょっとぶっ飛びすぎているんじゃないか、とも思えるようになった。
(このあたりはさすが、ADHDの全か無か思考ですな…^^;)


ただ忘れてはいけないのは、私たちADHDは、身体障害者や知的障害者に比べると定型に近いため、往々にして不得意部分に関して、努力不足の烙印を押されてしまうのも事実だ。
わたしはそれに対して、
「わたしはADHDだからわかってくれ!」
というのではなく、
投薬治療や、思考法のトレーニングなどを組み合わせて、できる限り、周りに負担をかける回数を減らしていこうと思う。


これが、わたしが周りにカムアウトしたときに、
「ADHDだかなんだか知らないけど、そんなのみんなあるし、そのうちできるようになるんじゃない?」
と言われ、投薬しないことを勧められた経験からの、せめてもの教訓である。
定型の人にはどうしたって、分かりづらいことなのだ。


最後に。
投薬治療がいい悪いではない。
その人それぞれの生き方を叶えるため、一つでも多くの手段を持って、まさに自分らしい生き方を実現する。
それこそが、冒頭にADHD理解者たちが言った
「個性を尊重する」
なのではないかと思う。