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久しぶりになってしまいました。
仕事の方で悩むことが多く、GWはそちらに集中していました。

あいかわらず、ストラテラを朝・昼10mg飲んでおります。
が、だんだん慣れてきてしまったので、明日の診察時に増量をお願いしてみようと思います。
これも新たな挑戦。


最近、ADHD・ADDの当事者会に入りました。
facebook上でのお付き合いのため、まだ直接の面識はありませんが、当事者ならではの悩みや、それに関する議論が大変勉強になります。


その中で思ったことについて、一つ書き残しておこうと思います。


ADHDと診断されたとき、わたしがまず思ったのは「やっぱり」でした。
少なからず、自分はどこかおかしい、人と違うというのは幼少期から思っていましたが、その原因がわからずにいたため、ずっとどこか気持ち悪い不快感がありました。
それが診断を受けたことで、多少楽になったのは事実です。


ところが、診断をした医者、カウンセラー、またカムアウトした周りの人たち全員に言われたのが、
「気にしなくていい」という言葉でした。

発達「障害」という言葉が一人歩きしているだけで、あなたはおかしくない。
個性や特性と言った方がいい。
だから、苦手なところは人に任せ、得意なところでまわりに貢献しましょう。

まるで判を押したようなそのセリフに思わず拍子抜けしてしまいました。


わたしは、やっと自分がおかしい原因を突き止めたのに、それを気にしなくていいというのか?


ここまで具体的な言葉にならないまでも、わたしの心の中は穏やかではありませんでした。
そしてこの時のわたしと同じ心境に、他の当事者の方々もなっていることに気づきました。

まわりは障害者というほど障害者ではないから気にするなという。
障害者というのは、もっと知的障害とか身体障害とか、そういうことを言うだろ?と。
でも、現実問題としてADHDであることに困っているんだ。
それで結局定型の人たちと比べられて、全然できない、能力がないと言われる。

こういった内容の議論がいくつもありました。
そしてわたしはこれは、
「もしコップに水が半分あったら、「半分しかない」と思うか、「半分もある」と思うか」
の議論と近いと思いました。


ADHDのせいで、定型よりも仕事ができない…
俺のコップには半分「しか」水がない!

障害とは言っても、体も動くし大学まで卒業しているじゃないの?
あなたのコップには半分「も」水があるじゃない。


どちらも、同じ半分の水です。
それと同じく、私たちがADHDであることに、本当は上も下もありません。

でも、やっとわかった自分のおかしいところを、おかしいと、ただただ共感してほしかった。

これが、わたしが最近気づいた自分の診断初期の心境です。
自分の気持ちに、ただ共感してくれる人が欲しかったのです。
それを十分に終えてから、前に進みたかったのです。


今、わたしは当事者会に入り、少しずつ気持ちの整理をしています。
ADHDとしてどう生きていけばいいのかはまだわかりませんが、
少しずつ、心の動きに正直になって、動いていければと思います。