こんにちは、浅草見番広報の人です。
今日はお酒の話です。皆さまはお酒がお好きでしょうか?現在の浅草花街はなかなかの酒豪揃いでございますが、以前は全くの下戸というお姐さんもおりました。それでも皆さん座持ちの良さは素晴らしく、飲まないと盛り上がらないなんてことは全くないのだと感じさせる芸達者揃いでした。
思い出話はたくさんあるのですが、そろそろ現在のお酒にまつわる話をいたしましょう。まず初めに悠游亭八海山利き酒会。久々に見番での開催となりました本会は、おかげさまでたくさんの方にご来場を賜り大盛況でした。
広報の人は何かとチョロチョロしておりまして全体を見られた自信がないのですが、Twitterにてお客さま方が発信してくださる当日の様子、写真家の松尾さんが撮ってくださった写真の笑顔の数々に、楽しんでいただけたと手応えを感じ、開催できて良かったと思っております。応援してくださる皆さま、いつも本当にありがとうございます。
お酒やグッズの販売があるなど、今までの悠游亭よりはビア座敷に近い雰囲気だったでしょうか。これからも試行錯誤を重ねながら皆さまに楽しんでいただける催しを開催できるよう努力して参ります。
次にここ最近のつぶやきの中でも一際皆さまの注目を集めた「断酒の日」。こちらはいつになく反響をいただきましたね。「酒は百薬の長」というリプライには、確かに「断酒」などと強い言葉が出てくると酒飲みはそんな言葉を使って抵抗を試みたくなりますね…と何度も頷きました。
「酒は百薬の長」とは(呑助界隈では)よく聞く言葉ですが、今回初めて由来を調べてみました。出典は『漢書(かんじょ)・食貨志(しょっかし)下』で、発言の主は新朝の皇帝王莽(おうもう)です。新朝は前漢と後漢の間に存在した王莽1代限りの王朝です。恥ずかしながら広報の人は全くピンときませんでした。あー、あの人ね!と手を打つような博学な方に呆れられないことを祈ります。
王莽がお酒大好き皇帝だったからこんな文章が残っているのかと申しますと、どうやらそうではないようです。さて王莽は酒について何と言っているのでしょうか。ちょっと見てみましょう。
夫鹽食肴之将(夫れ塩は食肴の将)
酒百薬之長(酒は百薬の長)
嘉會之好(嘉会の好なり)
鐵田農之本(鉄は田農の本にして)
名山大澤饒衍之臧(名山大沢は饒衍の蔵なり)
…色々言っておりますが、該当箇所は2行目ですね。まさに現代使われるそのままの言い回しで登場しております。
ごく雑に意味を考えてみますと「そもそも塩って食べものに1番大事だよね。酒はどの薬より凄い!めでたい宴会にうってつけ。鉄は農業の基本だし、名山や広大な湿地はたくさんの恵みを齎してくれる天然の蔵だね」といった感じでしょうか(訳がやたら軽いのは広報の人の癖です。仕様と思ってどうぞご勘弁ください)。塩、酒、鉄と名山、大沢を称揚しております。
さて問題はだからどうした、の部分です。この文章だけでは日々万物に感謝する皇帝の日常つぶやきです。新朝にTwitterはありませんので、そんなものはおそらく記録しません。
この文章、実は詔(みことのり・皇帝の命令)なのですね。六管(塩、酒、鉄、銭の鋳造、名山・大沢を国家が管理するという政策)を行いますよというお知らせです。要するに「このように素晴らしく大事なものは国家が管理しまーす!」と言いたいので、前置きとして褒めちぎっていたわけです。酒飲み皇帝の酒賛美ポエムではありませんでした。残念。
とはいえ言葉の意味は日々変わるもの。徒然草の兼好法師は「酒は百薬の長とはいえど よろずの病は酒よりこそ起これ(酒は百薬の長なんて言うけど、大体の病気は酒が原因だよね)」と書いておりますので、鎌倉時代末期生まれの人には既に現代と同じ感覚で使われている言葉のようです。
思いがけなく長くなりましたが、塩にしろ酒にしろ適量を守らないと毒になる点では共通しておりますので、大切だからこそ節度のあるお付き合いを、という大人の対応ができたら良いのではないかと思います。…個人の理想です。
さて本日も取りとめもないお喋りにお付き合いいただきありがとうございました。また何の予兆もなくあれやこれやと喋り始めると思いますので、何だなんだと覗いてくださりますと大変ありがたく思います。