皆様こんばんは•́ω•̀)
今更ですが、私の事をたくさんの皆様に知って頂きたいので、この度此方のテーマで書いてみたいと思いました。
地雷だと思った方は回れ右。そういう方々様には無理して読んで頂かなくて結構です。
読まれていて途中で嫌な気持ちになってしまった方々様も同様です以下同文。

私はドイツで生まれ育って、14歳で日本にきました。
そして日本の高校に通いました。
私は、高校生になってから、学校でいじめに遭いました。
3年間、ずっといじめの標的になっていました。
「外国から来たから気に入らない」
「言葉が通じない」
それだけの理由です。
1年、2年、3年と、ずっと1人で辛い思いをしてきました。
いじめの具体的な内容ですが、自分の教科書や上履きをゴミ箱に捨てられたり、話しかけても無視されたり、時には階段から突き落とされたり、ボールをわざと顔にぶつけられたり、などです。
しばしば現金の盗難にも遭いました。
いじめの首謀は、当時生徒会の副会長をやっていた奴です。
こんな下衆が生徒会の副会長やってる事自体おかしい学校だったのです。
他の人は一緒になっていじめに加担するか、見て見ぬふり。
私は、高校生の頃は、遠足も修学旅行も行かなかったのです。
友達も1人も出来ず、ずっと1人で高校時代を過ごしました。
だんだん人生について深く考えるようになりました。
そして、高校2年のとあるお昼休みの時間、私は、1人で高校の校舎の屋上に繋がる階段の踊り場に行きました。
もう、毎日のように続くいじめに耐えられず、屋上から飛び降りて死のうと思ってそこに行ったのです。
しかし、いざとなると、脚が震えて、なかなか死ぬ行動に出られなかったのです。
そのうち、下の階から、誰かの声が聞こえてきました。
「誰か居るの?」
私は、その呼びかけに答える事も無く、ただ黙って踊り場に座り込んでいました。
死のうと思ってここに居るのが誰かにバレたら、と思うと、本当に生きた心地がしなかったのです。
(早くどっかいって!)
私は、心の中で叫んでいました。
そのうち、誰かの声は聞こえなくなり、本当にどこかへ行ったようでした。
私は、涙が止まりませんでした。
何故私はこんな惨めな思いをしなきゃいけないのか。。。
その後、昼休みの時間が終わるまで、私はずっとそこで泣いていました。
本当に自分が惨めで情けなくて、でも誰も助けてくれるような人も1人も居なかった私は、孤独のうちに高校時代を過ごしました。
先生方の間でも、私へのいじめの問題についてかなり論議があったようなのですが、先生方も誰もフォローしてくれる人は本当に1人も居ませんでした。手をこまねいていた訳ではなく、全ての改善の試みは失敗したらしいのです。
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あれから約30年経ちました。
私は、今もとりあえず生きていますが、生まれながらの心臓疾患と膠原病の診断もあり、そう長く生きられないと思います。
自分の勘で、そう感じるのです。
かつての私が経験したような思いを、他の誰にもして欲しくありません。
本当にこういう事があった、という事実を伝える事が、私に出来る最後の事だと思います。
なので、皆様も知って下さい。
そして伝えて下さい。
そして私は、私に許された時間を生きていきたいと思っております。
それを語り継いでいきたいので、ブログを始めました。それだけです。
