あの家に足を踏み入れるのは5年ぶりでしょうか。
ゴロゴロとテレビを見る母がいる横で、兄弟2人が必死になり2日かけて掃除し、
なんとか1部屋の床が見える程度に掃除したものでした。正月だというのにめでたい気分や安らぎもなく。


どうせすぐ元通りになり無駄だろうとは思っていましたが、数年ぶりに足を踏み入れるとさらに酷いことになっていました。
玄関のドアを開けるとまず酷いニオイ、玄関まで山積みのゴミ。
これでも祖父母は事前に2日かけて掃除して通り道と水回りを使えるスペースを作ったらしいので当初はもっと酷かったよう。
ゴミを出そうにも多すぎて通常のゴミ捨てには断られ、少しずつ出すか業者を使えと言われたらしく
ゴミ袋にまとめはしても動けるスペースが全然広がらないとのこと。


さらに酷いのは、「数年ぶりに会うと思っていた本人がいないこと」でした。
友達とご飯を食べに行ったらしい。この部屋を片付けに来た親や子供を差し置いて。
自分が遠方から行くことは伝えてあったのに、それよりも友達?子供に会いたい気持ちより、逃げたい気持ち?


「(私を)家に呼ぶと怒られるから嫌だ」昔、母はそう言っていました。
だって、友人に会いたくて帰省してるのに体は臭くなるし、そんな状態で友達に会いたくないから、ちゃんと掃除して欲しいと言う訳です。
自分も嫌だし母も嫌だとなり、帰省しなくなりました。
子供に会いたい気持ちより、怒られたくない・掃除したくない気持ちの方が勝る。
自分が愛されていないことを強く実感する、そんなことがずっと続いた数年なのに、
本人が遊びに行って不在とは、さらに追い打ちをかけるものでした。


嘆いても仕方がないので、とりあえず自分と兄の荷物を救い出すという今回の任務を全うしなければなりません。
長時間いると精神に触るので、出来れば1日以内で。
掃除は自分たちがするので荷物だけ取り出すといいと、祖父母は言ってくれたのでその言葉に甘えることに。


ただ、まず、その場に数分ととどまることが出来ません。
悪臭がひどく、鼻がひん曲がりそうなのです。それに、平面が無いので自分のカバンを置く場所もありません。
自分たちの荷物がある押入れはゴミの山の先であり、それをかき分けるor踏み越えて行かねばなりません。
祖父母は現状を把握しているので着替えや手ぬぐいなどで防備していましたが、自分はそれほどの装備を持っていませんでした。


一旦脱出してスーパーに向かい、マスクや手袋、ビニール袋に輪ゴムを購入しました。
部屋に戻るとまずマスクで鼻をごまかし、自分のカバンをビニール袋に入れて防御、
靴にビニール袋をかぶせ足首あたりを輪ゴムで止めることでなるべく防備完了。
靴を汚れから守るためです。家の中に土足なのもおかしいのに、靴側を守るなんて変な話。
でもそうしないとゴミ袋を踏み越えられませんから。


自分の荷物だけ、とは言いつつ辿り着けないので結局掃除をする羽目に。
ゴミを入れたゴミ袋も数年以上経ち劣化していたので、さらにそれを新しいゴミ袋に詰め直したり、
ゴミを積み直して通路を確保したり、なだれが起きたらまた積み直したり、足を滑らせたり…


またゴミの山から自分が成人式で使った着物(汚い話ですみませんが、ペットの糞尿まみれ)が見つかり、自分が悲しい思いをするとともに、買ってくれた祖母も「これ高かったのに…」ととても悲しそうにしていました。
本当に、人の気持ちを考えないのか、精神を削ってきます。


押入れはというと、早いうちに部屋がゴミだらけになりずっと封印されていたために、逆に綺麗なままでした(笑)
昔書いた文集、写真、教科書、お土産、賞状、制服など思い出の品がいろいろ。
捨てていいものもたくさんあったのですが、ゴミ出しが大変だとわかっているので
ごみも含めて自分の家に送りました。
そしたら1万近くかかり…交通費も含めると…辛い…
祖父母がちょっとは出してくれないかと思ったけど、ランチおごってくれただけでした(笑)


まぁ自分は長年ゴミの山となってかえって風化した辺りを漁っていたのでまだマシで、
比較的最近ゴミとなった辺りを掃除していた祖父母は本当に大変そうでした…
「うわぁ、ゴXXXがたくさん出てきたぁ!」などという叫び声が聞こえた時は本当に逃げ出したかったです!!!!!
何でそんな部屋で生活していられるのか、不思議でたまらないのですが…


結局、朝行って17時頃まで掃除し続けたにも関わらず、本人が帰ってくることはありませんでした。
携帯の電源は切られており、繋がらず。
いったいいつまで「友人とランチ」してたんでしょうかね。
祖母は「お母さんと会って行かなくていいかね?」「泊まれる実家無いと困るでしょう。うちに泊まっていけばいいよ。」など色々気遣ってくれました。
わりとまともな祖父母なのに、なぜあんな母になってしまったんだか…


良い機会だったので、祖父母にADHDについての資料や本を渡しました。
そこで驚いたのは「子供の頃、こんなことは全然無かった」と祖父母が口をそろえて言ったことでした。
ADHDは幼少時代の方が症状が強く出るはずです。
なのに2人とも「昔はこんなこと無かった。だから部屋があんな風だとは夢にも思わなくて本当にびっくりしている。」と。
ADHDは後天的に出るものではなく、以前自分1人で相談センターに行った時のことも踏まえると、母はADHDではないのかもしれません。


となると、ただの怠け者。ダメ人間。


なんという絶望感。通院すればマシになるかも、と思っていたのに。
もう、何とかなりそうな兆しが無い。


そんな絶望感とともに、地元を後にしました。
ある時、祖父母から電話がありました。
携帯にかかってくるなんて、初めてな気がします。


要件はというと「お母さんの家、引っ越しさせることにしたから」と。


家賃をずっと滞納し祖父母が代わりに払わされており、(2~3人で暮らせる部屋なのでそれなりに高い)
その割に電話しても出ないし、実際訪ねても居留守されてしまう。(あっちから金の頼りにする時だけは連絡は来るそうだけど、それはまた別の話)
困り果てた祖父母は大家に鍵を開けさせ、直接話すことにしたのだそうです。


大家とともに祖父母が来た時、母は「開けちゃダメ!」と叫び、開けた時には泣き崩れたそうです。
そんなに見られたくないなら、なぜ掃除しないのか、本当に疑問なのですが…
中の惨劇を知らなかった祖父母と大家はびっくり。
すぐに掃除して引っ越させる、という話になったのだそうです。


「あなた達の荷物もあると思うんだけど、どうする?」と聞かれ、それはもう、行ってあげるしか無いでしょう。
私は「次行くのはいつ?それに合わせて休みとってそっち行くから」と言い、
急遽数日後に有給をとり遠路はるばる「実家」に向かうのでした。
(実際住んだことないし数回泊まったことがある荷物置き場という認識だけど…)
お盆休み、何年ぶりかに帰省しました。
帰らない理由は泊まる実家が無いからですが、今回はビジネスホテルと友人宅にお世話になりました。
前回、支援センターへ行けというメールを無視され疲れ果ててしまったので
母には連絡をとらずこっそり帰りました。

祖父母には会いに行ったところ「お母さん、何とかならないのか」と言われました。
それを言うなら「娘さん、何とかならないのか」というのがこっちのセリフですが(笑)
どうやらここ最近たびたび家賃を滞納しており、保証人である祖父母が代わりに払わされているそうなのです。

その上体調を崩して動けなくなった際は助けを求めてきて、
タクシーや病院代(保険証をなくしていて全額!)を祖父母に払わせた上、
その後お礼や病床の報告も無く今に至るとのこと。

本当、不誠実な対応がまわりを怒らせる原因なんですよね。
ADHDの人の説明やコミュニティを見る限り「自己肯定感が低い」とあるのですが
母の場合「まわりが悪い」とばかり思い込んでむしろ被害妄想が強いように感じます。
本人が病院に行ってくれないので、本当にADHDなのかいまだにわかりません。
祖父母に連れて行って欲しいところですが随分腰も悪そうで、
ADHDという障害自体も知らないと思います。

ただほとほと困り果てており生活保護の申請をさせに行ったそうです。
引越さえすれば申請出来ると役所では言われたのに、その後音沙汰無し。
恐らく引越となると家を掃除しなければならないからでしょう。
やりたくないことは、なるべく先延ばしにしたいのです。

働きはじめるのも先延ばし、お金払うのも先延ばし、病院に行くのも先延ばし、
と繰り返した人生でそろそろ限界が来てるように感じます。
慰謝料尽きるまでずっと無職で貯金とか考えないし、
私への100万以上の借金も返そうとしないし、
腰が痛いと言って十数年は経つのに治療もしなくてついには動けなくなるし。

私はもう、どうしたらいいのかわかりません。どう連絡したら返事をくれるのかもわかりません。
あの家に置いてある荷物が腐ってしまう前に回収したいです。
「転職したばかりだから、落ち着いたらまた連絡する」そう言って4ヶ月連絡なし。
転職自体、頻繁に繰り返しているし落ち着く時は無いのでしょうか。

もう知らないから放っておこうと思っていたのですが、
祖父母が生きているうちに何とかした方がいいと、今回の帰省で思いました。
祖父母はもう90近いですしたまに入院もしてるのでいつどうなるかわかりません。
もし彼らがいなくなったら、賃貸の保証人はこちらになってしまいます。
引越し代だってこちらに請求が来てしまうでしょう。

今のうちに。なるべく早く。

もちろん引越の実労働自体は手伝わないと無理でしょうから、
こちらだって新幹線代や有休を使わないといけません。
(手伝うというか本人はゴロゴロして「やる気しない」「えへへ」とか抜かすので結局私が全部やると思うのですが)
負担ですが、本当、なるべく早く何とかしたい。ずっと悩む生活は嫌なのです。
今でも「実家に帰るんだね」と言われて「はい」と答えれないのも十分辛いんです。
せめて、こちらにマイナスが来ないようにしたいのです。