明日は衆議院選挙です。
選挙権のある人は必ず投票に行きましょう。

棄権しても白票を投じても、それは何の意味も持ち得ません。

「投票したい候補がいない」なら、落としたい候補以外の候補に投票するのが良いでしょう。
(ロシアだかの「選挙は最悪な奴を落とすためにある」理論ですね)

「誰が政治家になっても何も変わらない」というのは嘘です。
本当にそうなら、政治家という職業自体がとっくに無っているはず。
社会にとって必要なポジションであるなら、少しでも良い人材を選ぶべきです。



来年以降が良い年になるかどうかは、この選挙の結果次第です。

どの候補に投票するかは個人個人の判断ですが、少なくとも後悔しないよう、よく考えて。
韓国の李明博大統領が竹島に上陸し、韓国による竹島の実効支配を国内外にアピールしました。

これは日本に対する明確な侵略行為であり、敵対行動であります。

そうでなくとも韓国政府は賠償済みの戦時賠償金を「従軍慰安婦への補償」という形で要求してくるような恥知らずであり、中国との緩衝地帯でなければまともに対話するような相手ではありません。

このような国に対して民主党政権は外貨スワップで約5兆円もの経済支援を行っている訳で、今回の件はまさに「恩を仇で返された」良い見本と言えます。

武力行使で韓国から竹島を奪還すべきとの声もありますが、まずは外貨スワップの中止と経済制裁、各種協力関係の解消から始めるべきでしょう。

ここ数年の韓国の焦りは「カネがない」ことに起因していますので、日本からの経済協力が絶たれれば竹島を実効支配することが不可能になるかもしれないからです。

こういった搦手で攻めるのが、韓国だけでなく北朝鮮や中国、そしてロシアやアメリカに対して今後大きなプレッシャーになり得るのではないかと私は考えています。



オリンピックは『平和の祭典』であると言われています。

…競技そのものの観戦よりメダルの獲得数を争うような、ナショナリズムを煽るだけの興行が果たして『平和の祭典』と呼べるのかは疑問ですが。

「例え戦争中であってもオリンピック期間は停戦する」という古代ギリシアの慣習がその由来のようですが、逆に言うと「オリンピックという祭が終われば戦争という現実と直面しなければならない」ことでもあります。

それは現代でも変わりません。

オリンピック前まで進行中だったユーロ圏の崩壊に伴う世界不況、中国の土地バブルの終焉、異常気象による食料生産量の激減と価格高騰などと、嫌でも向き合うことになる訳です。

日本を含む多くの国がオリンピックのメダル数に拘っているのも、これらの問題から目を逸らしたい気持ちを持っているからかも知れません。

この泡沫の夢から醒めたとき、目の前に広がる世界はどのように変わっているのでしょうか。



男子サッカーと女子バレーの3位決定戦の相手が韓国になっていますね。

向こうは「どんなことをしても勝つ」と言っているそうで、過去にラフプレーで選手が怪我させられたこともあり、正直なところあまり試合して欲しくなかったりします。

オリンピックの結果で紛争勃発なんてことも、今なら有り得ないとは言えない訳ですしね。
大飯原発の再稼働に反対するデモが首相官邸を囲んだり、実力行使で停止させようとする集団が原発前で機動隊と揉み合ったりするニュースを見ながら、何かに似ているなとずっと考えていました。

真っ先に思い付いたのは、沖縄の在日米軍基地を取り囲んでいた『人間の鎖』です。
(主催者発表の参加者数が、警察発表の人数の数倍である点もよく似ています)

次に思い出したのが、東大全共闘が安田講堂を占拠する学生運動の頃の映像です。
(日米安保闘争は規模が大きかったため、ちょっと違う感じがしました)

そして最後に頭に浮かんだのがオウム真理教本部への強制捜査の映像です。
(これが雰囲気的には一番近い感じでした)

これらは反原発運動、反戦運動、学生運動、カルトとそれぞれ内容こそ違うものの、少数派による運動であることが共通しています。

思想が先鋭化しすぎて広範な支持を得ることができなかったために、暴力に依って目的を達成しようとした訳です。
(自分達の信じる『絶対正義』以外の意見を聞き入れないのですから、支持が広がらないのは当然なのですが)

このように、日常生活から乖離した運動がその勢いを長く保つことはできません。

真夏の暑さと節電生活が続けば、自然と雲散霧消していくことでしょう。
(口先だけの反原発運動はブログやツイッターで細々と続いていくと思いますが、今ほど盛り上がりはしないはずです)



原発が再稼働しないことで電力の安定供給が不可能になれば、国内産業の全てが大きな損害を被ることになり、大量の失業者と生活困窮者を生み出すことに繋がります。

「原発が爆発して人が死ぬ可能性」よりも「生活苦によって人が死ぬ可能性」の方がずっと高いのですから、まともに考えるなら代替のエネルギーの安定供給が実現するまでは原発を稼働させるより他の選択肢はないはずです。

そこに考えが及ばない、または意図的に隠している反原発運動家は、他人の不安を煽って入信を勧めるカルトの勧誘員となんら変わりません。
(真夏日に小さな子供を連れ回して同情を誘おうとする手口も同じですね)

このような、独りよがりで他人を幸せにしない思想が他人から支持されることはないと断言しておきます。



他人と意見交換することを拒否すれば、自分の姿を客観的に見ることは出来なくなります。

この手の先鋭化した活動家の行き着いた先が赤軍派のよど号ハイジャック事件であり、オウムのテロであり、アルカイダの9.11テロでした。

これらはみな、自分の信じる『正義』に酔った結果です。

取り返しのつかないところまで行き着く前に、反原発運動の参加者は家族や周囲の声に耳を傾けて欲しいものです。