再会と日本。
と、思ったのですが、背格好が似た外国人女性でした。まだ10分しか経ってなかったのですが、私には一時間に感じられる瞬間でした。(お願いだから搭乗していてくれ。)あの人?いや、違う。あの??いゃ、まだまだ。。。そうこうしている内にどんどん人が増えてきました。団体さんや搭乗員も含めてかなりの人数です。(彼女は私を見つけられるだろうか?)皆黒髪、焦げ茶色の目に背格好が似ている中で私を見つけられるだろうか。(プラカードでも作ってくるべきだったか?)私はとっさに出口近くのベンチ(最前列の中央)に場所を移しました。(これなら彼女もドアが開いたら私をすぐに見つけられる。)出てくる人、人と目が合います。殺気付いているこっちの形相に彼らもすぐに目を逸らします。まるで犯人を追いつめた刑事さんみたいでしたでしょうね。閉じかけた自動ドアの隙間に一瞬影が・・あっ、彼女。。今度は本物です。髪型も別れた時と同じで見慣れた服装!駆け寄って声を掛けたかったのですが、人混みの中なのとまだ出口を出ていない。立ち上がって両手を振るが彼女は反対方向を向いている。。(こっち、こっち)こちらを振向いたのはドアを後にしてから数メートル歩いた頃。気付きました。不安顔が笑顔に!(美しい!!)この場面は私の心にはっきりと撮影されてます。トリシャ!(実名)両手を広げて抱きついてきました。頬に冷たい物を感じました。(不安だったろうにね。)(良く頑張ったね。)立ち止まってはいけない所に五分くらい居ました。キスをしてから手を繋ぐ間もなく団体さんの集団にリムジンバスのチケット売り場まで押し出されてました。二人とも苦笑いです。別れた時と今が瞬間に繋がり、間にある二日間の日本滞在が押しつぶされたようでした。リセットされました。実際の時間と感情の中の時間が噛み合ない。時間というのは面白いものです。早速リムジンバスで一路東京へ。バスを待っている間自販機に連れていって欲しい飲み物を買ってかりました。ペプシNEXが彼女のお気に入りになりました。何故か日本独特の物(この場合は自販機)を自分の物では無いのに自慢したくなったのです。ここは私に任せてとでも言うようにあれもこれも自慢したくなりました。便利だろう?と言ったら何も言わず笑ってました。”疲れた?” “少し”といったようなたわいもない会話があったかと思います。リムジンバスの中では飛行機内の事、シカゴでの乗り継ぎの事等を話してました。シカゴでメールをしたかったが、自分の乗り換え便のゲートがころころ変わり、不安で掲示板(モニター)を十分間置きに確認していたので、それ以外は何も出来なかったとの事、急遽彼女が乗る事になっていたアメリカン機はANAに取って変わり二つの便名で運行する事になったそうです。彼女はANA機内にはアメリカ人がわずか二人しか搭乗していなく、機内放送も日本語だけで入国カードなどの書き方が判らず迷っていたら搭乗員が親切に指示してくれたのと、サービスの良さに驚いていたとの事。しかも着陸時には何時着陸したのか判らない程機長の操縦が素晴らしかったと絶賛でした。ただ、彼女の隣の席に座っていたおじさんが緊張で硬直していたのがおかしかったと言ってました。そのおじさんは一度もトイレに行かなかった(行けなかった?)そうです。多分彼女に何と言って通路を譲ってもらったら良いか困惑していたのだと思います。彼女は”あのおじさん、あれだけビールを飲んだのに一回もトイレに行かなかったのよ。”ですって・・・。(笑)自分の席を決めた人をさぞ呪っていたことでしょう。ここは千葉、今度は東京都に入ったなど彼女に説明しました。高速から見える景色や建物を彼女はどのように思っていたのか意見を聞きたかったです。そうこうしている内にホテルへ到着です。
錯覚と不安の空港編
来ました。当日です。嬉しくて(時差ボケで?)夜もほとんど寝れなかったようなまだ疲れているような朝でしたが、いつものように朝食を取り、到着ターミナルや時間を確認してから電車で一路東京駅へ直行です。日曜だったので、人もまばらで初めて電車の座席に座りました。暖かい。日本だけですねこんなに手の込んだ暖房は。東京ではあまり古い電車を見かける事はあまりありませんが、例え型落ちの電車でも車内や座席、窓は本当に奇麗です。海外の電車は座席がカッターで切られていたり、チューイングガムが座席の裏側に貼付けてあったり、あげくに落書きがしてあったりと悲惨です。車内や町中でも紙くずなどゴミを”ポィ”っと平気で捨ててますから(日本だったらバッグかポケットに入れるでしょう。)町中は臭いし、電車のつり革や手すりも触るのをためらう事が多々ありました。さて、成田エクスプレスのホームに到着です。当たり前ですが、皆スーツケースを持っていました。笑顔の人、不安げな人さまざまです。(これから彼らは旅に出掛けるんだ・・・)私も丁度一年前を思い出しました。大きいスーツケースを三つも抱えて同じホームで電車を待っていました。期待と不安が入り交じってました。入国審査や荷物の受取りが上手くできるかなどと、基本的な事さえくよくよ考えてました。今回はスーツケースを持っていなかったので気楽でしたし、かなりリラックスしてます。(早く成田に着いて到着階に行きたい。)千葉の田園風景が一年前とほとんど変わっていません。何故か自分がこれから何処かに旅行に行くようなデジャブを感じてました。一年前に戻ったような錯覚とでも申しましょうか。。一時間後成田に到着しました。いつもの出発階では無く今回は到着階です。しかしまだ掲示板にもお目当ての便名が表示されていなかったので、出発階に行ってみることにしました。荷物も何もない手ぶらです。彼女にスナックを買おう・・・いや、彼女と一緒に買おう・・・なんて思いながら”なんちゃって旅行客”の気分に浸るべくエスカレータに乗ります。久しぶりの到着階。中二階の喫茶店でコーヒーと軽食を取り、本屋に行って好きなバイク雑誌を立ち読み。。いつもの行動です。私にとっては儀式みたいなものです。週末は必ず朝一で喫茶店、それから本屋さんかコンビニに直行です。これは空港でも変わりません。お昼の時間も過ぎ、やっと到着便名が掲示板に現れました。そのまま到着階へ行き雑誌を読みながら待つ事にします。何故かそれからが時間が発つスピードが随分遅くなったように思われます。インターネットができるブースに行ってメールをチェックしても彼女からのメールはありません。。(無事搭乗できたのだろうか?・・)そうこうしている内にAA153便が到着!心臓がドキドキ・・!入国審査、通関を通りますから飛行機を降りてから多分30分から一時間くらい掛かると思います。到着階に現れる人が多くなってきました。胸が高鳴ります。別れてから丸二日という時間が遥か遠くに感じました。どんな服装?髪型?荷物は??などなど・・あっ!彼女だ!
新宿と秋葉原と人の波
しかし新宿は相変らず人が多い!彼女を連れてきたらきっと目を回すだろうと思いました。田舎の兄を一度連れてきた事があるのですが、半日で帰りたいと言ってました。判るような気がしましたが、私は彼らは木だと思えば良いと教えました。彼らとは何の関わり合いも無いので、気にする事はないし堂々と歩けば良いとアドバイスをしましたが、初めての経験ではそうも行かなかった様子でした。川の流れに対向して泳いでいるようだと言ってました。後で静かな明治神宮に連れて行ったらホッとしていた兄の顔が忘れられません。田舎が嫌いでは無かったのですが、私は東京という都会に興味を持っていたので、最初は人や建物、車の多さに面食らいましたが、数ヶ月でなれました。後に話す機会があると思いますが、以前オーストラリア以外にスペインやアルゼンチンにも住んだ事があるので、その国々でいかに自分の庭を素早く探すかによって居心地は変わるものです。私の場合東京では原宿/秋葉原そして新宿、神奈川は横浜、スペインではバルセロナ、アルゼンチンではブエノスアイレスでした。東京への旅は兄にしたら知らない外国にでも来たような感覚だったのではないでしょうか。知らない外国といえば彼女にしてもそうです。(明日はどうやってエスコートするべきか??)そうこう思っている内に”副しん”というラーメン屋に到着。このチェーン店のラーメンが私の好みなんです。しつこくないスープだけどコクがあり、太過ぎず、細すぎない腰のある麵、他のご飯物例えば生姜焼きなどもしつこさの無い絶品物です。後で彼女もはまってしまいました。今では彼女と一緒に入店すると決まって”フォーク”を添えてくれるようになりました。”なんちゃって常連”ですね。私は決まって手もみラーメンとチャーハンのセット(確かBセット)です。最初に匂いを嗅いだとたん今までのアメリカ生活が飛んでしまい、懐かしい東京での暮らしが走馬灯のように脳裏に蘇りました。(私の場合匂い、味、音楽といった事柄が遠い記憶の扉を開ける鍵になる事があります。)一口食べたら東京での二十数年間の記憶が蘇ってきます。一瞬行動が止まってしまいました。チャーハンを食べ、すぐラーメンのスープをすする、手が覚えている一連の行動です。体全体が懐かしいと言っているようでした。好きな街、新宿に囲まれ、好きなラーメンを食べている。細かい事ですが、至高の贅沢を感じてました。
さて、本日最後は秋葉原に行きます。ホテルへの帰り道、途中にあるので、秋葉原を最後に持ってきました。中央快速に乗ってお茶ノ水や四谷など懐かしい駅を横目に今度は秋葉原のネオンが見えてきました。ヨドバシや石丸、サトウ無線、ソフマップ、秋葉館などなど。。懐かしい看板もあちこちに見え始めました。駅を出ていざ改札へ、一年で秋葉原の駅構内も様変わりしてました。まだ工事中だったのですが、改札付近も奇麗になってます。仕事柄コンピュータを使っており、ソフトや部品などでは秋葉原にどんなにお世話になった事か。今ではヤマダ電気やヨドバシなどの量販店におされぎみですが、昔はここが聖地だったように思われます。人より先に英語版のソフトや英語の参考書を買ってソフトを習得したり、部品も最新の部品を使い、コンピュータをアップグレードしたりと色々思い入れのある店が沢山あります。結局向かったのはアニメ関係の雑貨等を売っているお店で、彼女の甥や姪がポケモンが好きなのでポケモングッズを買い込みました。駅への帰り道よく通った自作パソコン専門店が閉店しているのを見てショックだったのを覚えております。(店長には色々お世話になったなぁ。)会社の同僚がコンピュータを習得して転職したいという事でこのショップで一式揃えました。アフターケアーもしっかりしていて本当に良い店だったんですが、時代の波に乗れなかったのかもしれません。残念です。秋葉原。。彼女が喜ぶかどうか。当時はipodの存在さえ知らなかった彼女ですからコンピュータの事など興味があるはずはありません。(彼女の目からみた秋葉はどんな風に映るのだろうか?)あたりはもう暗くなってきて、ネオンがくっきり。(本当に日本に居るんだ。)ネオン街を横目で見ながら帰路につきました。ホテルに着いたら何故かどっと疲れが出ました。こんなに歩いたのは久しぶりだったのと、人や建物、車の波に揉まれていたのだと思います。明日は朝一で成田に向かいます。メールを確認しても彼女からのメールはありませんでしたので、そのまま床に着きました。
さて、本日最後は秋葉原に行きます。ホテルへの帰り道、途中にあるので、秋葉原を最後に持ってきました。中央快速に乗ってお茶ノ水や四谷など懐かしい駅を横目に今度は秋葉原のネオンが見えてきました。ヨドバシや石丸、サトウ無線、ソフマップ、秋葉館などなど。。懐かしい看板もあちこちに見え始めました。駅を出ていざ改札へ、一年で秋葉原の駅構内も様変わりしてました。まだ工事中だったのですが、改札付近も奇麗になってます。仕事柄コンピュータを使っており、ソフトや部品などでは秋葉原にどんなにお世話になった事か。今ではヤマダ電気やヨドバシなどの量販店におされぎみですが、昔はここが聖地だったように思われます。人より先に英語版のソフトや英語の参考書を買ってソフトを習得したり、部品も最新の部品を使い、コンピュータをアップグレードしたりと色々思い入れのある店が沢山あります。結局向かったのはアニメ関係の雑貨等を売っているお店で、彼女の甥や姪がポケモンが好きなのでポケモングッズを買い込みました。駅への帰り道よく通った自作パソコン専門店が閉店しているのを見てショックだったのを覚えております。(店長には色々お世話になったなぁ。)会社の同僚がコンピュータを習得して転職したいという事でこのショップで一式揃えました。アフターケアーもしっかりしていて本当に良い店だったんですが、時代の波に乗れなかったのかもしれません。残念です。秋葉原。。彼女が喜ぶかどうか。当時はipodの存在さえ知らなかった彼女ですからコンピュータの事など興味があるはずはありません。(彼女の目からみた秋葉はどんな風に映るのだろうか?)あたりはもう暗くなってきて、ネオンがくっきり。(本当に日本に居るんだ。)ネオン街を横目で見ながら帰路につきました。ホテルに着いたら何故かどっと疲れが出ました。こんなに歩いたのは久しぶりだったのと、人や建物、車の波に揉まれていたのだと思います。明日は朝一で成田に向かいます。メールを確認しても彼女からのメールはありませんでしたので、そのまま床に着きました。
