先日Xを見ていて、ある言葉を見かけた。
相手が家族なら写真の他に動画も残すべきです。
写真はたくさん残っているのに、声の記憶が薄れていくの、とても、、つらいです、、、
これは考えつかなかった。
去年の帰省時、父の近所の散歩に付き添ったことがある。
視力が低下しているから杖を突いた歩きになっており、安全のためである。
歩きまわっているうち、「動いているお父さんを記録したい」という気持ちが起き、
こっそりケータイのカメラを回した。
カメラを回している間2.3言会話を交わし、小さいながら父の肉声が撮れた。
最近の帰省では、機会があればこっそりケータイのカメラを回して両親の日常風景を撮っている。
いつかこの世を去る父母の生前の姿を残しておきたい気持ちが起きているのだろう。
自分のルーツを意識するには、思い出よりモノではないだろうか。


