「じゃあ……、元気でな」
空港の中。たくさんの人の中。少しだけ大きなかばんを持った君。小さなかばんを持った私。悲しそうな笑顔で君が言った。
「…………」
私は俯いて自分の爪先を見て、なんとか涙を堪えようとした。ここで泣いたらきっと君は困るだろうな……。
「必ず帰ってくるから。だから泣くなよ」
大きくて温かい君の手が私の頭を撫でる。
……もう無理。堪えていた涙はゆっくりと頬を伝う。
「泣いてなんか……ないもんっ」
「泣いてんじゃん」
呆れたように笑う君が顔を覗き、涙が伝う頬に軽く口づける。
「約束」
「うんっ……。うん。絶対帰ってきて!」
「分かってるよ。帰ってきたらいっぱい甘えさせてやるから。俺がいない4年間、誰かに心奪われるんじゃないぞ?」
「そっちこそ。私、ずっと待ってるから」
「あぁ。待ってろよ」
笑顔を向け、私も涙が残る目で笑った。
そのときにちょうど、飛行機のフライトを告げる放送が流れた。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
もう一度、くしゃりと頭を撫でると背を向けて歩き出す。
「いってらっしゃい」
その背中に言った。聞こえてなくてもいい。届いてれば……。
遠距離恋愛は私が思う以上に辛くて、苦しいものだった。
逢いたくても逢えない。声が聞けるのは電話という機械を通してだし、メールもどこか安っぽく感じてしまう。
だけど君から毎日届くメールは流れ星のように私の目の前を過ぎていく。
メールでも電話でも君が紡ぐ幾千の愛の言葉。
電話もメールも伝わらないよ……。
言葉なんていらない。君がただ隣にいてくれるほうがずっと嬉しいのに……。
「逢いたい……逢いたいよ」
ソファに身を投げ、小さく小さく呟いた。
君と離れて半分の年が過ぎた。それまで君と逢うことはなかったし、『逢いたい』なんて二人とも言わなかった。……いや、言えなかったのだ。
なぜだろう? 困らせたくないから? ……もっとこう、別の意味があると思う。自分のことは一番自分が分かってるはずなのに、今は一番自分が分からない。
ただ、溢れてくる感情は逢いたいというものだけで。
……仕方ないの分かるよ? 困らせたくもない。
けど、もうそろそろ待つのも限界かもしれないよ……。
いつしか私はそう思うようになってしまった。
君の顔、仕草を思い出すと、君を思い出しているのに彼の顔が思い浮かぶ。
同じ大学で、同じ学部。ある日、私が君のことを思い出して泣いているときに偶然彼が私の前を通り過ぎた。
「どうしたの?」
そう私に聞いたけど私は答えなかった。彼もそれ以上聞くことはなく、ただ黙って私が泣き止むまで隣にいてくれた。
……そんな優しさがまるで君みたいで。顔も名前も知らない人なのに何故か安心した。
それ以降、彼は私がまた泣いてないか気にして話しかけてくれるし、私もまた彼と話すようになった。
それが一年前、大学に入学したころのことだ。
彼と付き合っていく中で、気づいたこと。それは『君に似ている』。顔も仕草も……優しさも。彼と話しているときに気づいてしまった。
嗚呼……あの時気づいていなかったら、こんなにも苦しくなかったのかな。
君の面影を思い出したら、それはいつしか彼の面影に重なっていく。
「大丈夫。彼はちゃんと戻ってくる。待つって決めたんでしょう?」
何気なく言う彼の言葉が鋭利な刃物となって心臓に突き刺さる。
待つって決めた。君が帰ってくるまでずっと、ずっと。
だけどね、傍にいない君を想うより、傍にいてくれる彼を想う方が楽なんだよ……。
傍にある優しさに負けちゃいそう……。
……逢いたいと思っても言えないのは彼の存在があるからかな。
ソファから体を起こし、なんとなくベランダに出てみた。
空には満点の星。
……この星を君は見てるのかな?
もし、今私が見てる星が偽りだとしたら、君が見ている星は本物なのかな。
流れ星が一つ、夜空に流れる。もし……この流れ星が君に届くのであれば、この思いを届けてください……。
「もう待たないから」
それだけを流れ星に託し、自分の部屋のベッドに身を投げた。自然と涙は浮かんでこなかった。ただ、涙と引き換えに心に穴が空いたような感覚になった。虚しいというか、なんというか……。
実はというと数日前、彼に「好きだ」と言われた。
「君に待っている人がいるって知ってる。でも僕は君のことが好きだ」
正直、心が揺らいだ。彼が私にくれたたくさんの優しさは、君との距離を埋められるほどだったのだ。
私は少し待ってほしいと答えると彼はいつまでも待つと言ってくれた。
私の中の君の存在より、彼の存在が大きくなっていくのは確かだし、君に似た彼を好きになってしまうのは時間の問題だ。だってすべてにおいて彼は君そのものなのだから。
彼の存在が大きいことに気づくと、彼に惹かれていくのはすぐだった。
私も彼のことが好き……。
そう思うけど自信がない。君に似た彼が好きなのか、彼という人間が好きなのか。
それを彼に言うと「どっちでもいい。彼に似た僕を好きになろうとも、いつか僕が本当になるから」と答えてくれた。
なら私は彼に甘えてもいいのかな?
たくさんの思いが、感情が体の中を駆け巡る。
ただ、その中に君が入っていないことには気づかないフリをしておいた。
『待たせてごめんね。私でいいならこれからよろしく』
なんとまぁ、曖昧な返事なのだろう。
それでもこれから私は彼と歩む道を選んだ。
そう……私は自分勝手なんだ。だけど許してね。許されないことだけど。
私は淋しさのない場所へと向かっていた。
ふぅ。思いの外長くなった。
柴田淳さんの「星の余韻」って曲から生まれた妄想という名の小説だよ。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました(≧∇≦)