がしゅしゅにもブログを書いてもらいましたが、店長も今日は書いちゃいますよー

青臭いことや持論なんかも書くと思いますので、スルーしたい方は下の方にある役者たちのええ写真見ちゃってくださいな



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役者はクリエイターだと思う。
自身で芸術を生み出すために表現する。
稽古は、その自身が表現伝えたいことを生み出し、それを試す場だと思っている。

だから、僕の演出では本番ギリギリまで芝居の表現を変更することも許すし、それが今までと全然違う役の作り方であっても評価する。
そして、変化した作品に周りも合わせて一緒に創造していくことに、芝居の面白さがあると持論ではあるがそう思っている。

与えられた役は、自分に与えられた「人生」だったり「命」なわけで、それらを頭使ってひねり出すのは相当な苦しみが伴う。
自分たちは20数年しか生きていない中で、別の人生を頭の中で作り上げそれを身体で表現しなければならない。
普通の人生を倍体験しているのだ。
自分の人生だけでも、山あり谷あり試練の連続なのにそれが倍なのだ。

芝居をするのは苦しいことなのだ。

2時間も芝居をすれば、ヘトヘトで汗だくで頭は痛くなるし、一気に疲れを実感する。
終われば次に待っているのは、先ほども書いた通り次回までに、頭を使って、自身の役をさらに魅力的にするために一心に考える。寝る直前なんて悪夢のように考えてしまう。どうしたらいいんだろうって、、、

それでも、我々舞台人が舞台に立ち表現することをやめられないのはいくつか理由がある。

1つ目は、楽しく仕方がない

こんなに、苦しい思いして演出に否定されても立ち続けるだけのドM力もそうだけど、芝居中は何故か心が高揚し、アドレナリンが分泌され、芝居しながらでも「ああしよう」「こうしよう」とワクワクしながら芝居をしている。
演じる。表現することが苦しくもあり楽しくて仕方がないのだ。

2つ目は、拍手の快感

苦しんで苦しんで、作り上げた物を見てくれた人が喜怒哀楽してくれる。そのリアクションが嬉しく、舞い上がり、そして終わった瞬間の拍手の中で、興味に来て下さったことへの感謝を込めて頭を下げたあと顔を上げて客席を見渡した時のお客さんの幸せそうな顔を見た瞬間の充実感がたまらない。
芝居は、役者、スタッフ、そしてお客様と作り上げると言うのは本当なのだろうと実感する。
人に作品を見てもらえる喜びを忘れてはいけない。


と、長々とこんなことを書いたのは、稽古が今日、また一区切りを終えたからなんです。

冒頭で話した、ギリギリまでチャレンジして欲しいの、そのギリギリを迎えたのです。

四日間の二回通しは体力的にもきつく集中力も落ちてしまったが、長い間みなと作品に向かい合うことによって、様々な物に挑戦したくさんの物を見ることが出来た!
本当に最後まであがいて、役者たちは最高の芝居を見つけたと思っております。

そして、明日からは、見つけた芝居を磨く作業です。
日頃から注意している、お客様に聞き取りやすくするためのセリフ表現、噛まないようにするために口を慣らす努力など、見に来ていただいたお客様に常に最高の作品を見ていただけるように、この2日間は、全力でガラクタではない宝物をお見せ致します!


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