昨日のなすバーガーに添えたトマトを栽培されている方のお言葉。
水を貰えないのにみずみずしく成長出来るのは、渇望がなせる技か?
それとも
あふれんばかりの水をすでに持っていて、分けてくれているのか?
多分どちらもある。
トマトは人の在り方。
自分の中にあるものは何だろう?
渇望する事は簡単。
在るものを自ら感じるのは難しい。
母が言う。
でもトマトの水耕栽培もあるよね?
(水タップリだよね?)
みよちゃんが言う。
トマトはすでに自分にあるものを知ってるんだね。
我思う。
水耕栽培のトマトは必要最低限の栄養分だけを吸収して不要な水は吸わないのかも知れない。
水を貰えずに育てられているそれと同じだけの栄養しか吸収しない。
もしそれが、意識的に出来ているなら・・・
己を知っているという事だろう。
欲に飲み込まれていないという事だろう。
トマトにできる事を何故人は出来ないのか?
何故自分は出来ないのか?
それが皆んなで出来たら、世界は変われるのに。