思うこと。
言葉というものはとても面白い。
昔、とある地下アイドルとふざけながら話をしていた時に
く「諦めたらそこで試合終了ですよw」
といったことがある。
そしたらそのアイドルは急に真面目な顔で
「違うよ、やめたら終了なんだよ(若干どや」
と言い返してきたことがあった。
やめたらは止めたらなのか、辞めたらなのかは定かではないが、なるほどと思ったのを覚えている。
目標を諦めることと止めることは結果的には同じではないか!と今この瞬間も自分にツッコミを入れながら書いているのだけれど、
彼女は多分、’一時的に’諦めても、目標に対するアプローチ(または目標を目標としつづけること)を止めなければ試合は終わらないと言いたかったのだろうと勝手に解釈している。
さて、会いたいアイドルに会えない自分は本当に心が折れそうである。
そんな中、情報伝達の手段が発達しすぎている昨今には時代遅れの、手紙という手段を使っていわゆる「文通」的な楽しみ方もあるのではないか!?などと考えたりもする。
会えるかもしれない可能性に対してすべき総てのことを、持てる総てのパワーを使うこと=諦めない
つまり、可能性に対して行動を起こさない=諦めることだとしたら、
自分は今、諦めようとしている、ほぼ諦めた状態であると言える。
こんな状況だからこそ、「やめなければ終わりではない」という言葉が思い出されるのだと思う。
今会えなくてもいつかまた会いたい、会えるという思いは持ち続けている。
いつかまた全力で走るために、一時的にヲ休みするというのは地下で出会った彼女的には試合終了ではないということなのかと。
(ものは言い様とはまさにこれかw)
自分の本心は諦めたくないし、終わりたくないんだと思う。
しかし、総合的に考えると諦めるしかない状況にある。
しばらく先になるであろう会える日を信じて、長い目で見て、今は会わない現実をむしろ自分から選ぼうか・・・。
明日は、ヲタ活ではなく、演歌歌手の歌を聴きにいこうと思う←
この演歌歌手はいったいどんな刺激を与えてくれるのか、はたまた折れそうな心を修復し、癒してくれるのだろうか。
楽しみだ。












