みなさん こんにちは。






近所にある大衆食堂の入り口に






食事がメインであるはずの食堂であるにもかかわらず






【お食事のみでもOK】 の張り紙がある事に






いつも「何か違うサービスがメインなのか?」と






期待しながらも入店したことの無い






「ランクマならわかるけどさ~、

   プレマなんだから捨てゲーはやめようよ

                     推奨委員長(自称)」






                         遠藤ですブーケ1














2、3週間に一度







アクセス神奈川物流センター(通称AKB)倉庫長が

(A)   (K)   (B)







神奈川から静岡に里帰りしてきます。








そこで一緒にお酒お酒を飲む事が僕の日課です。








この飲みは 会社の愚痴/社会への不満 お互いの労をねぎらう







とても大切な時間なのですよ(*´Д`)=з









さすがに飲酒運転はまずいので


              飲んだ後は AKB倉庫長の家に


泊めさせてもらっております(@ ̄ρ ̄@)zzzz








大体飲む場所は AKB倉庫長宅から徒歩2分ほどの





居酒屋(チェーン店)が定番です。









つい先日(8/1 金曜日)も







当然のごとく 二人で杯を交わしました(ノ^^)/ビール(^^ )ノ







お店に入る前に




何となく生暖かい風が吹いていたので




「一雨くるかなぁ」 などと考えていたのですが






来たのは 一雨 どころか 大雨雨








まあ飲んでいれば 


  帰る頃には止んでいるだろうと


     気軽に考えていたのですが・・・






2時間しても 止まない訳ですよ(-з-)










既にお腹も一杯になってしまい




大雨が振っているにも関わらず




お店を出てしまった アホ二人(^▽^;)








お店を出た途端に





かなり近くに 雷雷 が落ちる始末。



すげぇ音で ほんっと驚きました Σ(=°ω°=;ノ)ノ










このまま飲み屋の軒先に居ても





天然シャワーを微妙に浴び続ける一方なので





同じ敷地内にあるスーパーマーケットの





大きな屋根のある軒先まで 緊急退避 。(;°皿°)









ここなら濡れる事が無いと


二人で余裕ぶっこいてました。





「たまにはこんなのもいいね」


      とか


「涼しくていいなぁ」


「どうせ通り雨でしょ。

  あと1時間もすれば止むよ」




など  少し子供に戻ったような錯覚が







へんなテンションを催しておりました。













しかし    一向に止む気配はなし・・・・・・




むしろ さっきより強く降ってないか?













ドォォォォン!!







また傍に 雷がぁぁぁ!!

                       心臓に悪いよ(><;)








てな具合で またそこから1時間程 待ちぼうけ。。。










すると 遂に痺れを切らしたAKB倉庫長が





「遠藤君、走って帰ろう!」






と 決心をされたのですが・・・






「ゴメン。オレ 風呂入ってきたから

       これ以上 濡れたくない」



     シレっと 最低のワガママ(*⌒∇⌒*)








でも このまま いつ止むかもわからない雨を



            眺めている訳にもいかないので






「お父さん(AKB倉庫長の事を僕はそう呼びます)、

   

            俺 今日は車中伯するから


                         帰りなよ」





と 我が愛車(コペン)を指差し



           帰路を促しました (・ω・)/バイバーイ












「本当に2ドアクーペで寝るんかい・・・」


という顔をしながら 走り出した倉庫長を見送り






僕は大雨の中 ダッシュでコペンへ ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ












当たり前ですが リクライニングなんか出来ません。



仕方が無いので 座った状態で寝ました・・・







・・・いくらお酒が入ってても 熟睡なんかできませんよ

                      こんな姿勢ですから・・・






1時間おき位に目が覚める訳ですよ ┐( ̄ヘ ̄)┌





挙句 こんな大雨の中を


  バイクで暴走する バカな集団 男気溢れる集団が


   俺の居る駐車場の敷地内でたむろしてるわ





深夜にスーパーの店内を掃除する業者が



    電気を煌々と点けてるから眩しいわ・・・

             







そんな状態でウトウトしたり しなかったりで・・・







すると 「コンコン」 と誰かが窓をノックする音が。。。







ビックリして窓の外に目をやると・・・


    ペンライトをこちらに向けて 2人の警官が


        僕を見ています








「ああ・・・(人生で累計三度目の)職質ね・・・」






ボーっとした目で窓を空け



言われる前に免許証を用意して





「なんすか?」



と 善良な市民モードへチェンジ( ̄▽+ ̄*)





警官 「こちらで何されてるんですか?」


俺  「寝てるように見えませんでしたか?」


警官 「どうしてこんなところで?」


俺  「飲酒運転してもいいなら 今すぐ帰りますよ」

 

警官 「どこで飲んでたんですか?」


俺  「そこの飲み屋」

  


*不機嫌そうな受け答えは 僕の性格から来るものではありません*









そんなこんなで 



  ウザイので早く追い返したい一心で

  一刻でも早く 任務に戻っていただきたく


 

    丁寧にお答えした結果



「アルコールは1合で8時間は抜けませんから」


とか何とか言って 去っていきました (*´Д`)=з









時計に目をやると AM3:30。




ああ言われちゃうと 直ぐに運転するわけにもいかないので。。。







ボーっとしながら


 「何でこんなところで職質されたんだろう?」と考え始めました。




「こんなところ」という表現をしたのは


 ここは飲み屋とスーパーマーケットが共有している大きな駐車場で


  週末になると 結構の人が車中伯をしているので


   さほど珍しい光景ではないからです。






まず考えられるのは 「通報された」






・・・思い当たる節が・・・

    無いわけでもありません





さっき書きましたが


  スーパーの店内を掃除している業者が




「怪しい人がいる」 


と 通報した可能性も 捨てきれません(;^_^A





しかも 同時にセ○ムが来てましたので






念のため通報をしたとも考えられます。
















しかし ここで引っかかるのが




セコ○が来ていた時間はAM2:00頃・・・




警官が来たのは AM3:30でした。










いくら 不祥事の絶えない無能な警察とはいえ

     市民の安全の為に 昼夜問わず


      多忙な警察とはいえ



 


通報から1時間30分も経ってから来るのは

                  ちと考えづらい(。-人-。)











・・・ああ そういえば一昨日


            この駐車場で


              刺○事件があったっけ・・・



      それで巡回強化中だったからか・・・







と 自分でも納得の結論(o^-')b



























ん~~~~ ○殺事件・・・?































オレ



 そんなとこで




寝てたのか!?

 (((゜д゜;)))ガクガクブルブル








どうりで 誰も居ない訳だ・・・











朝方でしたが





AKB倉庫長の部屋に





  飛び込みましたよ (/TДT)/ウワーン コワイヨ パパー!










だから心臓に悪いって!ヽ((◎д◎ ))ゝ





も~~~~!






 










8/2、8/3 アクセス本社のある富士市では


甲子(きのえね)まつり が開催されました


甲子まつりとは・・・

大正15年、まちの発展を願った住民が出雲大社に参拝。大国主命の分霊をいただき、甲子神社を建立したのが始まりです。祭りは子供みこし、屋台の引き回しや踊り、甲子ばやしなど、とてもにぎやかです。特に各町の屋台が合流して競い会う様子や、甲子ばやしの多彩な打ち分けなどは、見ごたえ十分です。




歴史は意外と古く・・・

明治三十年頃の加嶋村は、富士駅や商店街もなく、田や畑ばかりの農村でした。生活の楽しみも少ない中で、十月のお日待には、骨休みを兼ねて、十六,十七の両日、太鼓などを打ち鳴らし遊びました。太鼓の曲は、小田原・吉原・今泉・加嶋と伝わった小田原ばやしでありました。その後、若者衆が主体となり、大正八年に組立式の屋台を造り、村内を練り歩き、屋台は三十五銀行(現、静岡銀行)に保管しておきました。また、今までの曲に、富士宮の曲も加え、若者衆は顔に化粧をし、女性の長襦袢などを着て、屋台を引き回し楽しみました。
 大正十二年、部落に氏神様を祀ろうという話が高まり、富士製紙第八工場前の、山の神、金毘羅様を祀ってある神社を、持主の西尾家に譲ってほしい旨依頼しましたが、先祖伝来の守護神であり、所詮無理であったため、町の発展もと願って、大黒様を祀ることに決まりました。大正十五年、清氏、深沢氏、戸栗氏、加藤氏、望月氏の五名を代表として、出雲大社に参拝し、大国主命の分霊を頂き、富士駅前より灯りを消し、厳粛に村人に迎えられ、現在の市民センターの東に、甲子神社を建立し鎮座いたしました。本格的な屋台も造り、本町、仲町共同で引き回すこととし、祭典日も皆で相談し、八月四日、五日の二日間に決まり、維持は、寄付された二反歩の年貢と、町内の援助、青年衆の夜警・町内清掃など奉仕作業を主体に行われてきました。
 昭和五年頃からは、浜おりの行事を慣行にし、昭和十年には揃いの法被もできて祭りを盛り上げましたが、戦争のため、十七年よりしばらく中断しました。戦後になり、地元彫刻家板倉聖峰師の彫り物も飾り付けられ豪華にした屋台を新調するなど盛大に再発足しました。



<斜線部富士市HPより引用>


ということです


富士駅前の商店街がお囃子の音や出店でにぎわっていましたよ








またまた社長から画像が送られてきました


どこに向かってるんでしょうかね・・・


この画像をみて場所がわかる人いたら教えて下さい