父の故郷より戻り1週間後の週末、実家に両親の様子を見に行った。
父も母も平穏に暮らしていた。
そして、実家のすぐ近くにある特別養護老人ホームを見学しに行った。
5月19日に父の介護度認定調査の結果はまだ出ていなかったが、高齢者施設がどんな所かを本人に早目に見せておきたかった。
両親二人に見せたかったが、父は嫌がり、母だけを連れて行った。加えて、実家の近くに住んでいる姉にも来てもらった。
その施設は実家より徒歩5分ぐらいの所にあり、まだ築10年未満の新しい施設だった。
館内が明るく綺麗で、潔癖症の母もいい印象を持った様だ。
そして、この施設は要介護3以上を受け入れる特別養護老人ホーム加え、介護度の制限の無いショートステイも可能だ、との事。費用は1ヶ月で約18万円。(二人で36万円)
「このぐらいの額なら、実家を売れば何とかなりそうだね。」(母)
なんとなく、将来の方向性に光が見えて来た気がした。
(ここで落ち着いてくれれば)
そんな淡い期待を持てた。
「それにしても介護認定の結果が出るのが遅いね。」(私)
もうそろそろ調査を受けてから1ヶ月が経つ。
「認定が出たら地域包括センターに報告して施設を探してもらおうね。あと、ケアマネジャーも決めて貰わないとね。」(私)
つい1ヶ月前まで、施設を探すにしても、どう探せば良いのか、どんな施設があるのか、全然知識の無かった私だが、行政の案内冊子を見たり、インターネットの情報を見たりして、この頃にはなんとなく、地域包括センターとケアマネジャーが鍵になっている事が分かって来た。
実家に戻って地域包括センターに早速電話してみた。
「父の介護認定が出たら、早速、介護保険で入れる施設を探したいのですが。」(私)
「介護認定が3以上なら特養に入れますね。認定が2でも、3への申請中と言う事で特養を探す事も出来ます。ただ、特養はかなり人気があって直ぐに見つけるのは無理でしょう。」(地域包括センター)
確かに特養が人気だと言う事は私もニュースなどで知っていた。
ただ、実際それがどの程度難しいのか、入居まで何年待たされるのかを知るのは、まだまだ先だった。
「特養に拘らず、まずはショートステイで入れる施設を探して、本人が気に入ればそのままロングステイすれば良いと思いますよ。」地域包括センター)
確かに資金に余裕があればそれで良いでしょう。母は1人月10数万円なら大丈夫、と言うが、総額でどの程度、預金を持っているかはこの時点では知らなかった。
地域包括センターの方とは、先ずは介護認定の結果を待ち、ケアマネジャーを選定してもらい、そして施設を探しましょう、と言う話になった。
それから数日後の夕方、仕事中に見知らぬ番号から電話が掛かってきた。電話に出てみると警察署からの電話だった。
「〇〇警察署ですが、△△さんですか?実は、F子さんより電話があり、M夫さんが暴力を振るったと言う事で自宅に伺い、M夫さんを警察署へお連れして事情を聞いていました。今からM夫さんを引き取りに来て頂けませんか?」(警察官)
「今すぐは仕事もあり行けないのですが、夜になってもいいですか?」(私)
「夜何時頃になりますか?」(警察官)
「19:30頃には行けるかと思います。」(私)
「他に迎えに来れる方はいないんですか?」(警察官)
「実家の近くに私の姉がいるのですが、勤務中は電話に出れないらしく、連絡が付かないのです。ですので、私が行きます。」(私)
姉からは職場に携帯電話を持ち込めないので、勤務中に電話をしない様に強く言われていた。
「分かりました。ではお待ちしていますので、よろしくお願いします。」(警察官)
会社が終わると直ぐにさいたま市の警察署に向かった。
その前に母に電話して状況を聞いてみた。
「お母さん、またお父さんが警察に連れて行かれたんだって?」(私)
「うん、だって、また鍵を隠したって、殴る蹴るされて、そうするしか無かったんだもん。」(母)
「しょうがないね。今からお父さんを迎えに行ってくるよ。」(私)
警察署に着く頃には完全に日が暮れ、警察署のロビーがやけに薄暗く感じた。
警察官に父を引き取りに来た事を告げると、自分の子供と同じぐらいの若い警察官が対応してくれた。
「午後2時頃にF子さんから電話があり、M夫さんが暴れている、と言う事で、自宅を訪問させて頂きました。」(警察官)
「ご自宅に行くとF夫さんは寝室で寝ていて、暴れていないし、F子さんに暴力も奮ってない、と言いましたが、5月の事もあるので、警察署に同行してもらっています。」(警察官)
「お騒がせしまして、大変申し訳ありません。」(私)
「M夫さんより、F子さんが泣いていて精神的に参っている様でしたよ。警察としてはM夫さんとF子さんを一緒に生活する事は容認できません。M夫さんはあなたの自宅に連れて帰ってもらえませんか?」(警察官)
「急に言われても、私の自宅には父を寝かす部屋もないですし、とても無理です。」(私)
「では、今晩だけでもM夫さんをホテルに泊めて、あなたが一緒に泊まって下さい。」(警察官)
5月の時と同じ事を言われた。
「分かりました。今晩は駅前のホテルに私が一緒に泊まります。」(私)
ホテルの予約を済まして、母に電話して経緯を説明した。そして、母の意思を確認した。
「お母さん、お父さんと一緒には居たくないんだよね?」(私)
「うん、一緒に居たくない。」(母)
「じゃ、今晩は自分がお父さんとホテルに一泊するよ。」
「負担かけて悪いけど、そうして。うちに来たお巡りさんには、こんな事ばっかりで死んだ方がましだよ、って話したの。お巡りさんも目に涙を浮かべて頷いてくれたよ。」
ただ、この時、私は母が本当の事を言っているのか、疑っていた。お父さんの言っている事が、もしかすると正しいのでは?そんな気がしてならなかった。
「おっちゃん、またな!」(警察官)
父は警察署で明るく警察官たちに見送られ、ホテルに向かった。
私は何か自分だけが責任を押し付けられた様な気がして、モヤモヤしながら警察署を後にした。