家族
12月になると、思い出すのは、19才の年末、
よく兄貴が薬中で暴れてた。
大事な物は その頃から持たなくなったなぁ。
殴られる事もしばしばあって、その度に泣いてたな。。
そんで耐えれなくなって家を飛び出した。
誰にも言えなかった。
友達に心配かけたくなかった。
親からは、なんともまぁ お馬鹿な…
『兄弟ケンカなんか辞めなさいよ』とKYもいい線いってたよ。
どんだけ話しても、兄貴は そんな奴じゃないって言ってたっけ。
今は 自分達も 兄貴のバカっぷりを見せつけられて、
結局、嘆いてばかり。
人間なんて そんなもんだ。
嘆いて気がすむなら 死ぬまで嘆けばイイ。
この時に あこは “許す”って事を覚えた。
憎むより恨むより、許す事。
これが一番、効果的。
怒っても仕方ない。
嘆くより、人間の弱さを認めてしまう方が とっても平和。
悲しみは つきまとう。
どこにいようが何をしようが、
やっぱりつきまとう。
そんで まぁ気付く事もあるけど。。
よく兄貴が薬中で暴れてた。
大事な物は その頃から持たなくなったなぁ。
殴られる事もしばしばあって、その度に泣いてたな。。
そんで耐えれなくなって家を飛び出した。
誰にも言えなかった。
友達に心配かけたくなかった。
親からは、なんともまぁ お馬鹿な…
『兄弟ケンカなんか辞めなさいよ』とKYもいい線いってたよ。
どんだけ話しても、兄貴は そんな奴じゃないって言ってたっけ。
今は 自分達も 兄貴のバカっぷりを見せつけられて、
結局、嘆いてばかり。
人間なんて そんなもんだ。
嘆いて気がすむなら 死ぬまで嘆けばイイ。
この時に あこは “許す”って事を覚えた。
憎むより恨むより、許す事。
これが一番、効果的。
怒っても仕方ない。
嘆くより、人間の弱さを認めてしまう方が とっても平和。
悲しみは つきまとう。
どこにいようが何をしようが、
やっぱりつきまとう。
そんで まぁ気付く事もあるけど。。
悲しみ
結局、斗夢の事を忘れるまで4年はたったのかな、
今は、好きな人に好きと言える自分になったし、斗夢の悲しみも今なら少~しは、分かってあげれるかもしんないけど、
辿り着いたのは考え過ぎはよくないって事。
知らない男の人と寝る事も、今は かなり減った。
若さって言われたら それまでの事なのかな、
たまに思い出すのは、
『あこはあこ』
どうしようもない位、無価値を感じてしまってた時に、助けてくれた言葉。
そうやって不器用なりに、
悲しみと、向き合って、いたつもりなんだけど…
今は、好きな人に好きと言える自分になったし、斗夢の悲しみも今なら少~しは、分かってあげれるかもしんないけど、
辿り着いたのは考え過ぎはよくないって事。
知らない男の人と寝る事も、今は かなり減った。
若さって言われたら それまでの事なのかな、
たまに思い出すのは、
『あこはあこ』
どうしようもない位、無価値を感じてしまってた時に、助けてくれた言葉。
そうやって不器用なりに、
悲しみと、向き合って、いたつもりなんだけど…
吐
僕が外からの刺激により初めて無力さを感じたのは、15歳の時に出逢った 斗夢と言う男だった。
彼は付き合っていた彼女の死を憐れみ 自分を許せないでいたようで、
中学生の僕には、理解できないし、慰めようもない位 人の気持ちなんて考えた事なかったのかも。
こんなに傷ついた人が なぜ世の中にいるのか それでも生きる意味なんてあるのか、分からなかったけど、
斗夢は、僕に こう言ったんだ
『人間、生きてれば何度でも、やり直し出来るんやで』
あ 彼は関西人でした。
そんな事 言う斗夢は凄いや、大人だなって思ったんだ。
15歳の僕なんか、飲み方も知らないお酒を飲んで、男とSEXしてたら、愛されてると勘違いして、毎晩のように とっかえひっかえで、一年中 夜は ほとんど ベッドの中だったかんね。
斗夢は 確か こう言ったんだ
『それでも、あこはあこだよ』って。
考えてみたら 僕を あこと あだ名にしたのも 斗夢だったけ。
斗夢がいなくなった日の朝 僕は目覚めた瞬間 泣きそうになったんだ。
あれは 今でも忘れない。
もう二度と斗夢から言葉をもらう事が出来ない予感を感じたと言うよりは、分かってしまったんだ。
すぐにメールして電話したけど、もう 無意味なガイダンスしか流れてなかったよ。
今になって思うけど、きっと 僕に言った言葉は自分に言い聞かせてたんじゃないかなって思う。
そして沢山 探したけど いなかったんだ。
そん時になって、なんで もっと元気になるような 気のきいた言葉を言えなかったのか、とっても後悔したんだ、
そのまま高校へ入学したけど、あの入学式の桜は 今でも忘れないね。
僕は 初めて自分を呪って、初めて 心に響いた言葉を教えてくれた恩人に ありがとうも、ましてや 好きって言葉も言えずに 毎日を悔やんで生きたんだ。それが15歳の春。
彼は付き合っていた彼女の死を憐れみ 自分を許せないでいたようで、
中学生の僕には、理解できないし、慰めようもない位 人の気持ちなんて考えた事なかったのかも。
こんなに傷ついた人が なぜ世の中にいるのか それでも生きる意味なんてあるのか、分からなかったけど、
斗夢は、僕に こう言ったんだ
『人間、生きてれば何度でも、やり直し出来るんやで』
あ 彼は関西人でした。
そんな事 言う斗夢は凄いや、大人だなって思ったんだ。
15歳の僕なんか、飲み方も知らないお酒を飲んで、男とSEXしてたら、愛されてると勘違いして、毎晩のように とっかえひっかえで、一年中 夜は ほとんど ベッドの中だったかんね。
斗夢は 確か こう言ったんだ
『それでも、あこはあこだよ』って。
考えてみたら 僕を あこと あだ名にしたのも 斗夢だったけ。
斗夢がいなくなった日の朝 僕は目覚めた瞬間 泣きそうになったんだ。
あれは 今でも忘れない。
もう二度と斗夢から言葉をもらう事が出来ない予感を感じたと言うよりは、分かってしまったんだ。
すぐにメールして電話したけど、もう 無意味なガイダンスしか流れてなかったよ。
今になって思うけど、きっと 僕に言った言葉は自分に言い聞かせてたんじゃないかなって思う。
そして沢山 探したけど いなかったんだ。
そん時になって、なんで もっと元気になるような 気のきいた言葉を言えなかったのか、とっても後悔したんだ、
そのまま高校へ入学したけど、あの入学式の桜は 今でも忘れないね。
僕は 初めて自分を呪って、初めて 心に響いた言葉を教えてくれた恩人に ありがとうも、ましてや 好きって言葉も言えずに 毎日を悔やんで生きたんだ。それが15歳の春。