前回、お金は人格をもった存在だ
という話をしました。
事実、人生を楽しむパートナーととらえていいと
思います。
じゃあ私の人間関係はどうだったかというと、
恥ずかしくて言えないくらい。
私は親密なパートナーシップが
怖くて、混乱して、
彼氏が出来てもうまく行かずによくフラレました。
嫌われるのが身体の底から怖かったのです。
嫌われる恐怖から逃げたくて、自分から別れを
切り出したこともあります。
穏やかに平和に関係を続けられなくて、
25歳過ぎて、結婚できない。
30歳過ぎても、結婚できない。
40歳過ぎても、結婚できない。
そして今も独身です。
典型的なパターンで考えていたのよ。
昭和の考え方!
結婚=幸せ、出産=幸せ、
独身=不幸、離婚=不幸。
それと寂しい自分って、
よくないと思っていた。
もっと強くあるべきだと。
今は全く違う考えになりました。
人生いっぱいオプションがあって、
それぞれで楽しめばいいなと
思うようになりました。
離婚しても幸せな人はいるし。
理想的な結婚してそうな人も
いろいろな悩みがある。
ただ、みんなが通る道、
結婚、出産、育児。その道が通れなかった。
普通の道を通れない。ほんとに怖かったし、
いつも劣等感をいだいていました。
普通じゃないは、
この日本でつらかったです。
ぼんやりした「あるべき普通」
そこから外れた人たちに対して、
「あの人は変わっている」
みたいな集合意識がある。
無言もプレッシャーはもちろんですが、
世話焼きおばちゃんとかが、
「どうして結婚しないの?」「子供は?」
「やっぱり賢すぎたら、
男性を選びすぎてだめなんや」
なとと言われ、落ち込んだこと何百回。
人とは違う。
変わっているということ。
これにはまいりました。自分だけおかしいんや。
と常にどこかに隠れていた感じ。
40歳のときに結婚したい人ができ、
これでやっと普通になれると
思いましたが、
その人から急に連絡が途絶えたときは、
もう死んじゃいたいくらいでした。
あとで、その人は重い病気にかかって
亡くなったと聞いたとき、もう自分が
生きている意味がないとまで落ち込みました。
やっぱり妖怪は妖怪のままなんや。と思って。
神様はみんなを見守ってくれるから大丈夫
と言う人がいましたが、きっと私だけ
忘れられているんや、と何回も感じて、
朝起きたとき、すすり泣いたり、気力がなくて
落ち込んだり。
そんな経験を経て、もがいてもがいて、
今があるわけですが、神様、あるいは宇宙?
は私を忘れていたわけではなかったです。
その後、経営者を学ぶ盛和塾という
稲盛和夫氏の塾にいれていただき、
稲盛氏の偉大さに触れるとともに、
いろいろな経営者の人たちと話す機会に恵まれ。
結構みんな大変だなあと感じました。
また面倒見のいい、経営者の方々に
出会うことで本当に救われました。
今もまだいろいろとアップダウンはあるものの、
身近な人が去っていく怖さは無くなってきました。
そもそも怖がっていたから、
怖い状況が起きたような気がします。
パートナーシップで傷つくんだと思っていたから、
傷ついた現実が起きたと思います。
心の中が、現実に反映されていたわけです。
お金も一緒。
「お金のために犠牲になっている」
「お金に苦労する」
「お金縁が悪い」
「お金を持つと今度は無くなってしまうのが怖い」
お金にトラブルがたくさんある人は、
「お金=悪いもの=傷つけるもの」という
思い込みがどこかであります。
私の男性というか身近な人に対する、
かつての思い込みと一緒です。
そこに気づくだけでいいんです。
気づくのが第1歩です。
身体、心、お金、パートナーシップ。
全部、自分がどう感じているのか。
不安や恐怖、怒りがないか?
うまく行かない=心の反映なので、
そこに映っている現実をありのまま見つめると、
自分の心のありようが分かって、
だんだんと望む方に歩いて行けます。
とにかくありのままに。
恐怖を感じている、
嫌悪を感じているというのに気づくだけ。
または、楽しいとかワクワクを
感じているのに気づくだけ。
これからすべてが始まります。
孤独だし、寂しいよ。
自分が怒ったり寂しい人間なんだと
知るのも怖いよ。
なんとかスケジュール表を埋めて、
ごまかして、忙しくするのもひとつの方法ですが、
そうしてる限り、自分の中で解決していない
何かが追いかけて来ます。
ここで一緒に、ハラを据えて、
自分に向き合って行きませんか?
孤独って自分と二人きりでいられる
素敵な時間です。