△▼My art life▼△

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日々描いたイラストや、いろんな事を語ったりします♡

4bly designer イラストレーター ブログ
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老犬介護イラストでもお馴染みの
我が家の愛犬

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16年間、一緒にいた麻呂さんが
6月11日の夕方
お空へ旅立ちました。

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老犬介護生活、約2年ほど。
私がガッツリ介護をはじめたのが
約1年ほど…



本当に大変だったけど
今となってはその日々も
いい思い出となっています。


亡くなる前日から
いつもと呼吸のしかたが違い。
なんとなく、嫌な予感はしてました。

亡くなる当日は
なぜか麻呂から離れたくなくて、
朝から亡くなるまでの時間
ずっと後ろから張り付いていました。
頭痛も酷かったので、
麻呂と一緒に寝ていました。


夕方から
さらに呼吸がおかしくなり。
苦しそうにしているので
私は後ろから麻呂を抱え
頭をひたすら撫で続け
家族を呼びました。


麻呂が大好きな母が
目の前にきて撫でながら

「もう大丈夫だから
苦しまなくていいから
いっていいんだよ。
今までありがとうね。」
と、伝えると…

3回 カーっという
今まで聞いたことのない呼吸をし、
そのまま静かに
息を引き取りました。


私はわかってはいたけど
その時には信じきれなくて
声を出すことができず。
麻呂に心の中で
何回もありがとうを
伝えました。


息は止まっても、
心臓はしばらく動いてるんですね。
私は麻呂の心臓に手を当てながら
実はまた起きるんじゃないか。
変わった子だったし
やっかいな事ばかりしていたから
私を騙すためにしてるんじゃないか
期待をしてしまって。
ずっと心臓を確認していました。


1分ほどすると
心臓もとまり。
あぁ本当に麻呂は
虹の橋に行ったんだなと
思い、涙がとまらなかったです。



ただ、大好きな家で 
大好きな家族全員に看取られ。


麻呂は幸せだったと思います。




家を建てた時から
ずっと一緒にいたので
この家にいないという事が
未だに信じられません。


麻呂は飼い主以外には
媚びを売るタイプではなく
むしろ猛犬だったのでw
家によく遊びにきていた友人たちも
あまり絡めなかったのですが
そんな友人たちからも
この家にいるのが当たり前で
いつも来るたびにいたから
寂しいと涙してくれました。



老犬介護は本当に
簡単な事ではなかったです。

特に麻呂は元々
神経質で頑固でプライドが高い子でした。
頭を撫でられるのはいいけど
抱っこや、
そういったスキンシップは
大嫌いw


老犬になり
さらにパワーアップし
鳴き喚き、変な事をしたり
誰かが必ず隣にいないと
いけない状態になっていました。



元々若い時は
外飼いをしていて、
その後まずは玄関にいました。
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足がすべりやすく歩きづらいので
ヨガマットを引き
ベットを起き。
そこで生活していました。

そのうち認知症になってしまい
1人だと寂しいよーと鳴くようになり。
仕事から帰ってきた後は
必ず玄関に私も寝ていましたw

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↑介護する様になってから
初めて麻呂がこんなに懐いて
寝る様になりました。



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そして温度調節が
玄関では難しくなってきたので
リビングに移動しました。

この頃からほぼ24時間寝てないよ?
って言うほど麻呂は寝なくなり
朝から晩まで鳴きっぱなしでした。

3日間ほぼ寝ないでいて
4日目に爆睡みたいな 
そんな生活をしていました。
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麻呂のサークルは
100均のあみ?wネット?w
で円を作り、
その中に傷付けないよぉに 
お風呂マットで囲み。
下にヨガマットをひき。
カーペットをひき。
介護用サークルを作りました。


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↑これは真冬だったのでw
とにかくブランケットを
かけまくってる様子ですww


歩くのが大好きだから
もーほぼ歩けてないのに
歩かせろーと鳴き喚き
麻呂につけている
歩行補助ハーネスを持ち
グルグルまわすという
ハードな生活でした。

柴犬で体重もそこそこある麻呂を
片手で浮かせるよぉに持ちながら
サークルをグルグルまわすのは
かなり。。
ほんっとにかなりきつかったです。
それをしないと鳴き喚くので
朝だろうと
夜中だろうと
母と交換しながら
腕がパンッパンになりながら
振り回してましたw

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麻呂は前庭障害になっていたので
左側に首がまわってしまってました。
いろいろ試しましたが治らず。
首がまわってしまう方向に
グルグル歩かせてあげていました。



そのうちに、ついに歩けなくなり
寝たきり生活がスタートしました。
ただ。麻呂さん。
寝たきりになっても
「俺は歩けるわい!!
さぁ歩かせろ!!!!」
となかなか、わかってくれず。
しまいには床を自分で 
グルグル回転しながら
吠え続けるという
地獄の技を身に付けてしまいましたw

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このままでは、いかんとなり。
急遽、お手製歩行器を作りました


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寝ましたw
歩いたのもほんの数歩で
もーこんなんやだーと暴れ出し
結局1.2回しか使わずに終わりました。
めちゃめちゃ苦労して作ったのにww



夜中も鳴き喚くので
布団を引きその上に麻呂の布団を引き
腕枕で麻呂を寝かせていました。
人の温もりがないと
寝れなくなってしまってました。



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お散歩はできないから
いつも抱っこしながら
近くの公園に行っていました。
外で抱っこすると
揺れが気持ちいいのか
うちでは大暴れなのに
おとなしくスヤスヤ寝てくれてました。

近所の人たちから
「あらー頑張ってるねぇ」
とかなり弱々しく見えた様で
よく言われてまして、
「これはよそ行きの顔です。
家では果てしないんです。
大暴れなんです。」
と言っても誰も信じてくれない程
弱りまくった演技が上手な麻呂w
私はきっと近所で嘘つきだと
思われてるでしょうw



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6月に、はいってから
今まで何でも食べて
一度も食欲が失せた事のない麻呂が 
初めてご飯を食べなくなりました。



ご飯を食べなくなると
死期が近いとはわかっていたので
覚悟はしてましたが
シリンジで流動食をあげたりと
頑張りました。



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それから11日後。
16歳と9ヶ月で
お空へ旅立ちました。



仕事ができないし
やりたい事も我慢しなきゃだし
寝れないし
家にずーっといる生活で
ストレスも溜まり 
余裕もなくなり。
毎日同じことの繰り返し。
母もストレス崩壊してるし
そのケアもしなきゃいけない。
本当に辛かった。
何で私は好きなこと出来ないで
介護してるんだろう。
仕事だってしたいし、
生活の基盤を作りたいのに
何もできてない自分への苛立ち。
介護生活を理解してくれる人もいれば
理解してくれない人もいる環境。


だけど私は麻呂の介護をして
最後まで愛情を注げて
一緒にいられてよかったと思ってます。
あの辛かった日々が
ほんとに不思議と
全ていい思い出に変わるんです。


麻呂がいなくなった今…
正直ボロボロです。
1人でボーッとする時間を
作らない様にせかせかしてますが
突然くる号泣の嵐。
毎日見る悪夢。
寂しくて会いたいと言う切なさ。
麻呂が私にとって
どれだけ大きい存在だったかを
今になって気付きます。


亡くなってすぐの時よりも
時間が経ってからの方が辛いです。

外にいても家の中にいても
麻呂との思い出がありすぎて
苦しくて仕方ありません。

散歩をしてるときに
柴犬とすれ違うと
苦しすぎて歩きながら泣けるほど。

自分でも結構びっくりしてます。
麻呂がお空へ行ったら
もちろん悲しいけど 
でも、私今覚悟してるし。
もー老犬だし、そこまで長くないって
わかってるし。
母とも、覚悟しようねと
毎回言い聞かせてたのに…

関係ないですね。
やっぱり。


あーーーーー
会いたいなぁ…


しばらくは辛いのはもーわかってるので
今は自分が楽しいと思えること。
興味のあることを
徹底的にやっていきたいと思います。



麻呂も家族が笑顔でいてくれたら
嬉しいと思うから。


麻呂、本当にありがとう。
当たり前だけど絶対に忘れない。
というか忘れられない。
麻呂は私の心の中に
ずっと生きています。



めちゃくちゃ長いブログに
なってしまいました。
文章もしっちゃかめっちゃかで
すみません…



それでは、また。