こんにちは。

AC です。



今日は、ずいぶん前のことになりますが、私の時代の「就職活動」のお話です。



私は1980年、「乃村工藝社」という展示・ディスプレイ会社に入社しました。


「時をかける少女」で知られる、作家・俳優の「筒井康隆」がいた会社としても知られていますが、
「タイム・トラベラー」時をかける少女♪~1972

何をやる会社か知られていないものですから、いつも説明するのが大変なんです。



展示・ディスプレイ会社の仕事は、一般的には「ディスプレイ業」と呼ばれています。

あまり知られていない業界なのですが、

百貨店、見本市、博物館、テーマパーク、博覧会などの展示やディスプレイを、企画・設計・施工のすべての段階をトータルでやる会社です。

この業界の最大手が、この「乃村工藝社」と「丹青社」という2つの会社です。


あの、1970年の大阪万博で各パビリオンの展示を担当していたのが「乃村工藝社」です。
地平への扉、大阪万博EXPO'70

その後のたくさんの博覧会、博物館、百貨店、見本市、テーマパークの展示空間づくりをしてきましたので、皆さんも必ず目にしているはずです。


ちょっと前だと、「等身大ガンダム」の制作が話題になりましたが、これも「乃村工藝社」の制作です。

これなら、見たことありますか?

等身大ガンダム(乃村工藝社)
等身大ガンダム(乃村工藝社2009)



当時の就職活動は、大学4年の9月1日に会社訪問解禁、就職試験は10月 1日からというルールで、今と比べると短期決戦でした。

1979年に大学4年生だった私は、就職活動の年でしたが、まだインターネットなどない時代でしたので、

いろんな所から送られてくる「求人情報をまとめた冊子」と、大学に送られてくる「求人票」が主な情報源でした。

今考えると、信じられないような話ですが、その中から選んで応募する訳です。

デザインの会社が求人してくるとは思わなかったのですが、

大学の学生課に「乃村工藝社」からも「求人票」が来ていたので、聞いたこともない会社でしたが、良く調べてみる気になりました。


この会社にしようと思ったのは、

〇名前だけでなく、仕事内容も初めて聞くものばかりだったこと。(特に、博物館、博覧会、遊園地…)

〇社員だった「筒井康隆」のエッセイ「腹立半分日記」の「サラリーマン時代」を読んで、変わった会社かもしれないと思ったこと

の2つでした。

「腹立半分日記」筒井康隆
「腹立半分日記」筒井康隆(1979年、実業之日本社→文春文庫→角川文庫)

筒井康隆
筒井康隆



「普通のサラリーマンにはなりたくない」

などと、誰でも考えるようなことを私も思っていましたので、この会社に入りました。

後でわかったことですが、「乃村工藝社」はこの年だけ、社員の出身大学すべてに「求人票」を出したそうで、たまたま同じ大学の先輩が一人だけ在籍していたため「求人票」が来たのだそうです。


たまたまこの年だけ…?。

運命的な出会いだったのかもしれませんね♪



それでは、また次回(^_^)v



♪ACのブログランキングTOP20 ~2014.8-10月