社会人パロです。



由依side



まだ私が大学生だった頃。あの頃は、やれデートだ合コンだ、暇さえ見つけては夜の街に繰り出していた。


ネオンがきらめく街の中で、あの頃の私は一体何を探していたのだろう。
一人でいるとさみしいから?誰かに暖めてほしかった?

今は、忙しい日々の中で、もうそんな感情すら思い出せない。だから、今日は、本当に気まぐれだった。同じ会社の後輩からのディナーの誘いに、首を縦に振ったのは。

仕事終わり、この後の予定のためにお手洗いで身なりを整える。香水をシュッと手首に振った所で、見知った影が近づいてきた。

「あ、理佐、お疲れ」

同じ大学だった理佐。けど、当時はたいして話したこともなかった。ただ理佐に対するイメージはいつも誰かと一緒にいる人たらしってことだけ。

同じ会社に入ったときは、あまり理佐のことが好きではなかったけど今となっては、親友とも呼べるくらいの仲になった。


「お疲れ様〜」

ネックレスを首に通して、結んでいた髪をばさっと下ろす。

横目で理佐を伺うと、てきぱきと身なりを整えていて、こんな所も本当に段取りいいなぁなんてぼんやり思う。

でも、同じ時間に上がれるんだったら、夕食なんかいかないで、理佐と飲みに行ったほうがよかったかも、なんて思っていたら、鏡越しに理佐の呟くような声が聞こえた。

「……由依、いつもと雰囲気違うね」

「え?なんか言った?」

振り返ろうとした瞬間、ぎゅっと腕を捕まれてぎょっとする。いつの間にこんなに近づいたのか、動揺している間に、押されてがたん、と壁に背中がぶつかった。

「りっ、さ、なに!」

突然、ぐっと壁に押しつけられた肩が痛む。慌てて顔を上げると、真剣な瞳と視線がぶつかった。まるで火花が散ったみたい、だった。視線が離せない。

「由依」

いつもの少し高めの柔らかいトーンとは違う、強めの声色に思わず身体がこわばる。

「な……、なに?」

ぐっと捕まれて、押さえつけられた腕は強く握られてじんじんと痛む。自分より身長が高いのもあるし、見上げるようにすれば、何を考えているのかわからない。大きくてぱっちりした瞳がすっと細められる。

「今日、ひかるちゃんと二人でご飯食べに行くんだって?」

「え、あぁ、うん、そうだけど……」

一体誰から聞いたのか、少し不満そうな顔で見下ろしてくる理佐に戸惑う。何が気に入らないのか、責められているみたいで居心地が悪い。もしかして、理佐、ひかるのことが好きとか?だから気になってるのかな、とか。

でもひかると話してるところなんて見たことないんだけど……。ぐるぐる頭の中で思考が回る。

「あのさ、それがどうかした?なんかあった?」

「付き合うの?」

「へ?」

「ひかるちゃんと、付き合うの?」

「いや、そういうんじゃないけど、たまにはご飯に行くのもいいかなって思っただけで…」

ふーん、そうなんだ、とさも興味ない風な言い方だけど、腕を押さえつけている手の力は未だに強い。

「理佐?」


小さく呟くように言うと、理佐の視線が、そっと下がる。少し開いた首元に、目線が行ったような、気がした。

「ねぇ、どうし……、」

そこまで言いかけて、ぐいと距離が詰まる。え、え何。混乱をさらに加速させるように、首筋に、鋭い、痛み。

「いっ、た!!」

噛みつかれた、と理解したときにはもう手首は解放されていて、呆然と立ち尽くす。ずきずきと首筋が痛い。

え、これ血とか出てるんじゃない?ってくらいの強さで、思わず噛みつかれた首筋に手をやると、平然と、にこっと爽やかな笑顔を浮かべて、理佐は言ってのけた。

「じゃあ、楽しんできてね」

「ちょ、ちょっと……!」

「お疲れ様」

一体何が起こったのかわからないまま、ひらひら手を振って立ち去る理佐の背中を呆然と見つめることしかできずにいた。






洗面所の鏡の前で、首筋に残った赤い噛み痕を指でなでれば、ひりりと痛んだ。血こそ出てないにしろ、少し腫れているぐらいだ。あのバカ、結構な力で噛んだ。

「いった……何なのよ。普通噛む……?」


あの人タラシのことは、よく知っている方だと思っていた。誰よりも一緒にいて、たまにケンカして、そしてお互いの事をよく理解しあえていると。良い関係を築くことができていると思っていたけれど、どうやらそれは思い違いだったらしい。

その認識は撤回しなければならない。


理佐のことが、全然、わからない。

翌日、理佐は平然と「おはよう」と声をかけてきて、何なら昨晩はどうだったか、なんて聞いてきたぐらいだ。

理佐がなぜあんな行動に出たのかはわからないが、少なくとも昨日のひかるとのディナーが上手くいかなかったのは、隠しきれなかった噛み痕とその痛みのせいだと思う。


結局、二人の間に奇妙な関係性が出来たのは、理佐のこの「噛みつき事件」がきっかけだった。









仕事も終わり帰る支度をしていると、ニコニコと近づいてくる理佐に嫌な予感がしたのは確かだけど、会話は至っていつも通りで、今日の仕事の話とか、駅前に出来たおいしいパスタ屋さんの話とか、他愛のない話題がほとんど。

だけど、そんな「普通の理佐」じゃなくなる瞬間がある。本当に一瞬だけ。理佐は変わる。それが、これ、の時。

二人きりになった瞬間を見計らってか、後ろから押さえつけられる。あ、そういえば今日で大体一週間ぐらいか、とはっとしたけれどもう遅い。
がぶ、と軽くうなじに噛みつかれて、思わず息をのんだ。

「っ、りさ、!」

くっと犬歯がうなじに軽く当たる。あ、噛まれる。そう思って身体がこわばった。このときだけ、理佐はびっくりするほど強引になる。

後ろから抱きしめられるように押さえつけられて、力加減は優しいけれどこれは無理矢理だ。強く噛みつかれた瞬間、いっ、と声が漏れた。
こんな見えるところに痕をつけられるなんて、冗談じゃない。

「理佐、っ、痛い、っやめてよ」


「……痛くしなければいいの?」


「はぁ?、何言って……」

ちゅっと、音を立ててうなじに口づけられて、ぞわっとする。身体は壁に押しつけられて、びくともしない。最も、こんな風になった理佐に対して抵抗する気なんか毛頭ないんだけど、それにしたってあんまりだ。

「やだ、り、さ!」

あむあむと、今度は甘噛みされたと思ったら、生暖かいものがうなじを這う。理佐の、舌だ。舐められた、と思ったら、何だか変な気持ちがわき上がってくる。

「ひ、っ」

と思ったら、ちゅう、と強く吸われた。がたん、と壁に膝をぶつけてしまって大きな音がなる。理佐、何考えてんの。誰か来たら、言い逃れなんて絶対にできないのに。


ていうか、今、絶対。

「ちょっと、今っ」

こいつ、キスマーク、つけた!

思わずにらみつけようと振り返ると、あっさりするほどぱっと手を離されて、思っていたよりも近い距離に思わずのけぞる。


でも、じっとその瞳が見つめてくるから、何も言えなくなってしまう。

「じゃあ、もう戻るね」


「えっ、ちょ、理佐……!」


「お疲れ様」

有無を言わさない、とはまさにこのことか。恐らく、キスマークをつけられたであろううなじをなでて、ため息をつく。



理佐の『コレ』は定期的にやってくる。大抵、一週間か二週間に一回くらい。忘れた頃に、噛みつかれたり、こんな風にキスマークを付けられたり。


やっと薄くなったかな?って頃にタイミングよくまた新しい痕を付けられるおかげで、いつも身体のどこかしらには理佐の付けた「痕」がある。

「意味分かんないわ、あいつ……」

何を意図してこんなことをしているのか、聞いてもはぐらかされて、痛いと言えば「痛くしない」やめてと言えば「どうして?」とさも当たり前のように聞いてくる。

言い返せないのは何故なのか、自分でもわからないけれど、別に不快感があるわけでもなくて。

恋人がいるわけでもない今、こんな風に痕を付けられたところで困ることなどないのだけど、たまに抵抗すると明らかに「見える場所」に付けてくるから、大人しく従った方がまだ良いような気もして。

ずるずる、この理佐の「噛み癖」を甘んじて受け入れている。







それでもやっぱり、こういうときは文句の一つでも言いたくなる。

まだ仕事中だというのに、会議室に腕を引かれて閉じ込められて、椅子に無理矢理座らせられたかと思えば、当たり前のように襟を引っ張られて前に付けられた痕を「確認」される。


もう、ここまでくるとあたしはあんたの恋人か、って言いたくなる。

「……薄くなってる」

気にいらなそうにそう言うけど、今は仕事中だし、いつ人が来るかもわからない状況なのに。こんなことしても、理佐は平然と仕事に取りかかれるからいいかもしれないけれど、私は違う。

いくら同性って言ったって、こんなことされればやっぱりどきどきするし、集中できなくなる。

「りさ、もう戻ろ?」


「うん、でも、すぐ終わるから」

首筋に、吐息があたる。擦り寄るようにされて、小さく息が漏れた。何だってこいつは、何を考えているのかよくわからない。


可愛く甘えられたのかと思いきや、首筋に舌が這って、時折ちゅうと吸ったり、甘噛みしてくる。

「ね、ぇ、どうしてこんなことすんの?」

もう声はかすかに震えていたし、腰を撫でる手つきに変にぞわぞわしてきゅっと唇を噛んで耐えるしかない。気を抜いたら、絶対に理佐には聞かせたくない甘ったるい声が出てしまいそうだった。

「……なんで?だめ?」


「あのさぁ……質問に、質問で返さないでよ……」


「見せてまずい相手でもいるの?」

普段より数段低い声。首筋にくっと固い犬歯が当たる感触がして、あ、やばい噛まれると身を固くする。

「り、さ、噛まないで、痛いのはやだ」


「じゃあ、答えて」

こちらの質問には一切答えないくせに、平然と理佐は言ってのけた。この傲慢さは一体どこからくるわけ?とため息の一つもつきたくなる。

「い、ないけどさ……」


「じゃあ、いいよね?」

噛みつかれるよりはましだ、と渋々こくんと頷く。すると、理佐は安心したように笑うから、その笑顔にギュッと胸が苦しくなった。

再度首筋に触れた唇。声が漏れないように、ぎゅっと目を瞑った。


吸い付かれる感触。痕を付けて満足したのか、ちゅ、と耳の裏に口づけられて、身体があっさりと離れた。

真っ赤になって俯いたままの私の頬を撫でて、理佐は戻るね、と行ってしまった。

はぁ、と深いため息をついて膝を抱えて丸くなる。

普通に考えたら、同僚にキスマークを付けられる、っていうのは有り得ないでしょ、と思う。


こういうのは恋人同士、っていうか、一般的にはそういうことをするような相手に独占欲として残すモノ、っていう認識だった。

理佐にとっての『これ』は、あたしが思うキスマークに対する認識とは全く別のモノだったりするのだろうか。

こんな風に、相手の身体に痕を残したい、なんて感情は、恋愛感情以外に何かあるんだとしたら、誰か私に教えて欲しい。

恋愛感情じゃないにしたって、行き過ぎていることには違いないとは思うんだけど、理佐に見つめられると拒否できない。素直に従ってしまう。だけど、だけどね。

人の身体を噛んだり、舐めたり、犬か、お前は。結局、理佐のことになるとため息をついてばかりだ。







次の痕を付けられるのは、初めは痕が消える頃、だったのに。そんなのお構いなしに痕を付けてくるようになったのは最近の話。

会議室、トイレ、車の中、etc…

相変わらず二人で出かけたり、お互いの家に行き来してはいたけれど、二人きりになるとたまにカチッと音を立てたように切り替わる理佐の「犬モード」にも慣れてきてしまった自分が怖い。

がぶがぶ噛まれたり、かと言ったら優しく舐められたり、首だけじゃ留まらず背中にまで浸食されてきて、そのうち体中理佐の痕だらけになるんじゃないかとぼんやり思った。

相変わらず「どうして」かは教えてくれないままだけど、「ソウイウコト」をしている時の理佐の表情は普段とは全然違う。

夢中で抱きしめてくる腕も、熱い舌も、唇も。神経を高ぶらせるだけ高ぶらせておいて、痕を付けるだけ、なんて。生殺しもいいところだ。

唇にキスもしないくせに、体中にキスをしてうっとりしているその表情は、まるでお気に入りのオモチャで遊ぶ犬そのものだ。

意識してしまうのは、あたしだけなんだろうか。

その唇で、キスして欲しいとか、その声で、名前を呼んで欲しいとか、その指で、もっと、身体の奥まで触れて欲しいとか……。

あーもう、理佐に欲情しているなんて、絶対本人にはバレたくない。

悶々としている私を知ってか知らずか、理佐がデスクに近づいてきた。

「由依」


「ん、なに?」

視線は上げない。顔なんか見てやらない。理佐のことを考えていたのがバレるのが嫌で、書類から目をそらさずにそう言うと、つん、と服から覗く背中をつつかれて、耳元でそっと囁かれた。

「……ちゃんと隠さないと。見えてるよ」


「ッ!」

慌ててばっと隠すと、おかしそうに理佐が笑う。こいつ、困らせる為にわざとやっているんじゃないかとすら思ってにらみつける。

でも、この犬には効果がないようで、ご機嫌でふんふん鼻歌なんか歌ってる。


はぁ、と額を抑える。顔が熱い。なんでこいつのせいでこんな想いをしなきゃいけないのかと考えただけで頭が痛くなる!

そうだ、いつも一方的すぎるのはいかがなものか。なんでやられっぱなしでいたんだろう。理佐も、少しはこの大変さを味わえば良い。


良いこと、思いついた。

「ねぇ、理佐」


「なに?」


「ちょっとさ、手伝って欲しいことがあるんだけど。一緒に来てく備品室来てくれない?私じゃ届かなくってさ」

言えば、いいよー、とのこのこついてくる理佐。備品室の棚、高いもんねぇ、なんて呑気に言っていられるのも今のうち。



備品室に入った瞬間、後ろ手でドアを締めて、理佐の腕を引いた。

「わっ、と」

驚いて振り向いた、理佐の白い首筋にかぷっと噛みつく。一瞬、理佐が息を飲んだのがわかって、優越感……を持ったのもつかの間、両肩をがっしり掴まれてばっと引きはがされた。

「っ、由依!」


「え、」

何、なんなの、そんなに拒否することなくない?と不機嫌をあらわに見上げると、理佐の視線が泳いだのがわかった。ぎゅ、と肩を掴まれて、いよいよ不愉快だ。

「りさ、痛い、なにすんの」


「それはこっちの台詞だよっ!由依、一体なに考えてるの!?」


「何って……そっちがいつも私にしてることでしょ?普段人の身体を好き勝手してるくせに、自分がされるのは嫌なわけ?」

あからさまな拒絶に、より一層理佐がわからなくなった。ぎゅうっと胸が締め付けられるように痛む。

「好き勝手になんて……」


「してないって言える?」


「……」

言いよどむ理佐の視線が泳ぐ。この際、聞いてしまえ。この胸のもやもやも、痛みも、何もしないままじゃ何も変わらない。

「ねぇ、どうして理佐は、私に痕付けるの? いい加減教えてよ……」


「それは……」


「……もしかして私、遊ばれてる?」

不安が急に増してきて、きゅっと理佐の手を掴んで伺うように聞く。そうすると慌てて理佐がぶんぶん首を横に振った。

「違うよ、そういうつもりじゃない」


「じゃあどうして?」


「それは……、その、由依に……」


「わたしに?」


「恋人が出来たら嫌だから……」


「へ?」

ぎゅっと握っていた手を引かれて、理佐の反対の腕が腰に回る。自分より少し高い背。理佐の匂いが混じった甘いにおい。
何故か、言葉を失ってしまう。

「由依が、とられそうになって、嫌だって思って」


「それは、どういう、意味?」

真意を聞く前に、襟で隠れるギリギリのところに、ちゅと口づけられて、きつく吸われる。はぁ、小さく熱っぽいため息が出た。

理佐は生粋の人たらし。勝手に人が寄ってくるから、友達の扱い方も知らない、とか?

結局、理佐にそのまま押し切られてしまって、未だに真意は聞けないまま。

その気持ちが友情からくるのか、恋愛感情からくるのか、聞いてしまったらこの関係が壊れてしまう気がして。

理佐は何も言わない。だけど、その瞳は間違いなく熱を持って私を見つめてくる。

どうして、はっきりさせたいんだろう。
この関係を先に進めたい?どっちに?

その気持ちが、恋愛感情だと言われたら、私はどうするつもりなんだろう。
好きって言われたら。その腕に抱かれたら。わたしは……。

ただ一つ言えることは、私はあの瞳に、囚われてしまった。

ひとり取り残された備品室で、この胸に燻りはじめた甘い熱をどう宥めるか、そればかり考えて、ため息を一つ、零した。






もしこの関係に名前をつけたとしたら、私と恋人同士になるんだとしたら。この溶けそうになるくらいの熱を、理佐はどうにかしてくれるんだろうか。

考えながらする事務仕事は憂鬱で。全然捗らないったらない。

こんなことを許してしまうぐらい、私も理佐に甘いんだろうけど……

すりすり、無意識に首筋を撫でていると、夏鈴ちゃんが怪訝そうな目でこちらを伺った。

「由依さん」


「な、なに?」


「ちょっといいですか?」

夏鈴ちゃんが、自分の首元を指差して、聞こえないような小さな声で言う。

「……見えてますよ」


「……!」

思わずバッと首筋を抑えると、夏鈴ちゃんがおかしそうにふふっと笑う。

「由依さんの恋人は、随分、独占欲の強い方ですね」


「いや、これは……」

恋人じゃなくあなたも知ってるあいつの仕業です、とも言えずに言い淀む。


なんだか最近、理佐が変に大胆になって来た気さえする。今までだったら、大人しくしてさえ居ればこんなギリギリのところに痕をつけるようなことしなかったのに。

「あ、のさ」


「なんですか?」


「こういうのってやっぱり、独占欲なのかな?」


「それ以外に何かあるんですか?」


「わかんないから、悩んでるっていうか……、これ、つけてくるの友達なんだよね。しかもそういうことするような関係でもなくて……」


「はぁ。キスマークだけ付けられてるってことですか?」


「そう。何考えてるのかぜんっぜんわかんないんだよね」


はぁ、と大きくため息をつくと、夏鈴ちゃんが首をかしげる。

「でも、由依さんはその方の事が好きなんですよね?」


「はぁ!?」


「違うんですか?だって普通、こんなこと好きでもない人に許さないですよね」


「それは……」

自分の中での可能性の話でしかなかっただけに、他人から与えられる「客観的事実」は意外と応える。


黙り込んでしまった私に、夏鈴ちゃんが少し考え込んだ後に、何かを思いついたのかふふっと笑った。

「ひとつ、考えがあります」

そう言った夏鈴ちゃんの表情はどこか楽しそうで、こっそりと耳打ちされる。


「えっ!?」


「協力しますよ、いつでも」


夏鈴ちゃんからの提案は、ある種の爆弾だった。

ーー他の人が由依さんに付けたキスマークを見つけた時、どんな反応をするか試してみればいいんじゃないですか?

あー、もう無理、と頭を抱えた私を夏鈴ちゃんは笑う。

起爆装置は今この手にあって、その爆弾は大きく私と理佐の関係性を変えるだけの威力を持つだろう。

ねえ理佐。
理佐はどういう反応をするかな。


恋人ができて欲しくないって言ったけど、追いかければ逃げてしまうような、臆病な理佐の気持ちが知りたい。

「どうします?」

そう問いかける夏鈴ちゃんに、私は黙って頷いていた。