自分にとって本当にできることは何なのか。今全く見失ってしまった。自分は何をしたいのか。何をするべきなのか。果たして、何のために生きているのか。

ちょっと前こんなことを思った。もし明日死ぬ事がわかっていたら、今日何をしたいか。その時にしたい事が恐らく今したい事の優先順位第1位なんだろうと。では、そのスパンを長くしてみる。もし一年後死ぬ事がわかっていたら何をしたいか。多分前者よりももっとやりたい事が出てくるんじゃないだろうか。例えば、海外に行きたいとか、ドコドコの店でご飯を食べたいとか…。では次、そのスパンをもっと伸ばしてみる。もし10年後死ぬ事がわかっていたら…。こうなってくると途端に目標が不鮮明になってくる。さっきまでできていた事ができなくなる。
人間が他の動物とは違うのは、考える事ができる事らしい。動物は基本的に自殺できないようにできているらしい。子孫繁栄を本能としてプログラミングされているため、絶対に生き抜くまで死なないらしい。しかし、人間はどうだろうか。色々なことを考えてしまうがために自殺する人が後を絶たない。(現に日本では毎年約2万人もの人が自ら命を絶っている。)考えることができるが故にの問題がこれである。
僕も今、鬱病の一種にかかっているのであろうか。自分がしたいことがあるのに、それに対しての継続力がない。側から言わせれば、それはお前の意思の弱さからだと思うであろう。そんなことを言われるのも承知の上でまだ悩んでしまっている。一体自分のしたいことは何なのか。そして、どのようにしたら自分が本当にしたいことを遂行できるのか。継続力はどのように培われるのか。
明日から大学が始まるが、これがこの1年の1番の課題である。

継続は力なり

と、偉人は易々と語るが、僕にとってはこの言葉が一番厳しいものとしてのしかかる。
思えば今までそこまで苦労しないで生きてきた過去がある。何事も人よりは器用にできたし、結果もそこそこ残してきた。それが甘かったのか。社会の辛さにぶつかってしまっているのか。それとももっと幼稚な壁にぶつかっているのか。

今日は全くまとまりのない文章になってしまった。

明日から始まる大学2年の生活。
今年ことは実りのある1年にしたいと心から思う。