祖父の卒寿、祖母の米寿。


2人そろっての人生の節目を迎えることができる。


簡単そうでできるものではない。



その祝いでちょっと盛大に行った。会場でお膳を用意して、司会進行のもと、一応プログラムを組んで。そのような祝いだった。



はじめのあいさつを孫である俺がやったわけだが、あれを言おう、これを言おうと数日前から考えていて、少しずつメモをとって、紙に書きながらやってたわけだが。

いかんせん、あまり使い慣れてない言葉を使おうとするもんだから、なかなかしっくりこない。


紙に書いたものを、覚えるために声に出して読む。


あれ?


なんかまとまりのない言葉になってしまう。



もう一度頭の中で考える。なんか良さそうだ。


あれ?


思ったほど、うまく言えない。



とまあ、頭の中で考える言葉のつながりが、うまく表出できないどころか、ばらばらで、たどたどしく口からでているし。


頭で考えているのは映像ではなくて、言葉なのにそれがそのまま表出できない。



なんでだろう。




カーソルを動かすためにマウスを使う。

マウスの大きさがメーカーによって数センチ、数ミリ異なったとしてもたいして問題なくマウスをつかむ。


マウスの大きさがこのくらいっていうのは触ってからわかるのか、触る前からわかるのか。


脳で考えるから、触る前から大きさがわかっていて、実際に触って「まあこんなもんだろう」と確かめる。

動くということは考えているということだ。



今何をどのようにかこうかと、パソコンに向かってブログを書いている。


2階に寝かせた娘がせき込んでいる。


せきが聞こえた瞬間に2階に駆け出す俺。

1文書いてしまってから2階に駆け出す俺。(せきが聞こえてから5秒後くらい)


どちらの俺も2階には行く。



いかなければならないと思っている。



できれば前者の俺になりたい。



それがなかなか。

そんなんだから、判断を誤っていることが多い。









俺の友達、ガン・軍関係に詳しい奴、車に詳しい奴、パソコンに詳しい奴。

いわゆるオタクだわな。いや、マニアか。

違いはわからんが。



すごいのは、その話だけで何時間も話せてしまう。

しかも、内容が濃い。すごく理解している分、わかってもらうためのたとえ話もうまい。

感心する。


俺って、浅く広くの趣味。

写真、車、野球、自転車、インライン、サーフィン、バンド・・・。

それぞれのものに対しては、一応調べあげ、一応後悔しないものを買う。少しはこだわりを出す。

3日坊主というわけでもないし。やってみようと思って何週間かやってみて、何週間かで飽きて、何ヶ月か、何年かしたらまたはじめ。



友達と違うのは、こだわりが少し、またはこだわるための知識を仕入れる時間が短い。アップデートしないこと。


半ば買って満足程度。一応やりましたよ程度。



それが俺なのかもしれないけど、今思っているのは、今こうしたいと思うのは、何かじっくり取り組んでみたいなということ。


何か一つでも・・・