今日は3月11日。
東日本大地震から6年。
6年前は高校1年生。
3年生の卒業式をした後、
定期演奏会に向けて音楽室で合奏中。
音楽室が6階だったこともあり、
揺れは大きく感じた。
あっという間に都内すべての電車が止まり、
緊急事態に都からの指示も行き渡らず(都立の学校なので)
混乱。
何せ、誰も経験のしたことない緊急事態。
自分たちのことで
いっぱいいっぱい。
なんとか徒歩で家に帰ると、
東北が大変なことになっていた。
津波はもちろん、
原発の事故。
テレビで映される光景は
まるで日本ではないよう。
東京でも被爆するのか?
そんなことを東京で談義している間にも
東北では多くの人が今苦しんでいる。
何もできず、無力に感じた。
当時は高校1年生で、
自分で何かできるほど大人じゃなかった。
災害は起こらないのが1番ですが
もし、今のようないい大人だったら、必ず何か力になりたいと思う。
いろんな意見があったが、
演奏会は中止になった。
ある日いきなり大事な人や住まいを津波にさらわれた人々の悲しみと比べたら
わたしたちの演奏会「なんて」、。
あれから6年。
16歳だったわたしは22歳になりました。
震災当時にいた高校はとっくに卒業しました。
当時、すごく長い時間を過ごしていた音楽室では、もう名前も知らない後輩たちが練習しています。
それだけの時間がたった。でも
まだ帰らぬ人を待っている人や、大きなものを失い悲しみを抱きながら生きている人、元どおりの生活に戻れぬ人。まだまだ大勢いらっしゃると思います。
日々、辛いことがあると
死にたいな、死んだら楽になるなって思ってしまうことがあるけれど、
わたしが「生」きているのには
重い意味がある。
そう考えさせられる3.11。
与えられた命、
まっとうしたいと思う。
