小学校の頃、作文の類が苦手で嫌いだった。
毎日の宿題の日記なんかは、書ける題材があれば書けるし、書く事がなければ、「今日は書く事がなかった。」と正直に書いて、だってそうなんだもん、と等身大の自分を、正直者だと誇らしく受け入れてた。
でも、先生に怒られやしないか、ちょっと心配しつつだった気もする。
夏休みの宿題の、読書感想文は地獄だった![]()
原稿用紙3枚くらいは書かなくてはいけなかった気がする。
本を読んでも、誰かに感想を伝えたいとは思わなかったし、その本を読んでない人に感想ったって、どんなお話なのかを、まず説明しないと解らないじゃない
とモヤモヤしてた。
小学校の頃は、先生が「どこが面白かった?」「その時どう思った?」などと聞いてくれて、引き出してくれて、先生となんとか文を作っていって、なんとかなってた。
中学生の頃になると、先生もそこまで面倒を見てくれないから、読書感想文には追いつめられた![]()
言語化できそうな感想が浮かびそうで、読みやすそうな本を選ぶところから、失敗しないように慎重に取り組んだ。
高校3年生になると、大学には進学したくなくて、就活からも逃避したくて、なんだかんだで、公務員試験に挑戦してたら、小論文の課題を出されて、ひたすらお題に沿った、文章を書いた。
社会人になってからは、高校生の頃から音楽を聴くのが好きだったから、ライブに行っては、会場でアンケートに、ファンとしての気持ちを書くのが、気持ちを伝える唯一の手段として、取り組んだ。
これは、興奮が冷める前に書かなくてはならなかったから、まとまった文章になりにくく、難しさがあった
あれは青春だったな〜。
スカパーの番組で、俳句を提出して、い〇う〇い〇う先生に添削してもらって。
四六時中夢中で俳句を考えてて、楽しかった思い出![]()
好きな人(歌手の人とか)に、自分がこう思ったとフィードバックしたくなると、自然に熱がこもる。
どの言葉を使ったらいいかとか、文言の順番を入れ替えてとか、等身大の気持ちが、より伝わりやすくなるようにを念頭において、納得がいくまで永遠読み返し取り組む。
好きな対象の事についてだと、書く事が苦じゃない。
ある方に霊視鑑定をして頂いた事がある。
前世で、物書きをしてた事があるという。
高校生の頃までの私からは、考えられない。
今こうして、自主的に文章を書いてみようかとなってるのは、関係あるのか、ないのか。
おわり📝