最近、見過ごしたくない感覚がある。

自分の、良かれと思って起こした言動で、誰かが微妙に困っている空気だ。


 性格として、私は他者の言動に過剰に反応する所があり、勝手に傷ついたりする事が多いんだと思っていて、「私は自意識過剰なんだから気のせいにしなくちゃ。相手の言動には悪意はないんだから気のせいにしなくちゃ。人は良い人に見られたいはずだから、あからさまな事はしないんだから気のせいにする。」と、他者の言動に振り回されないように心がけてきた部分がある。

 過敏に反応するセンサーを、長年にわたり意図的に感度を下げて運用してきたので、もしかしたら他者の感情に鈍感になってしまったかもしれないと思ったのが、きっかけだ。


 仕事中の会話の中で、「疲れたね。」と声をかけられたら、「私が、あーで、こーで、こーだったから〇〇さんに負担がかかってしまって、ごめんね。」と答えたとする。

 相手は、誰かを責めたかった訳ではないのに、違った意味にとられて、微妙に困る。

 困らせた事に対して、ごめんなさい。という気持ちになる。相手が、そういうやりとりをしたい訳ではない事を、先に分かっていれば、相手を困らせる事にはならないと思う。


 若い子との会話中に、笑ってほしくなって、くだらない事を言ったら、若い子が「笑った方がいいのかな!?」という、微妙な表情になったとする。

 私はここで、「ぁ、困らせてごめんね🙂‍↕️」と、タイミングを逃さず言えたら、相手の負担を引き受けて、自分の気持ちが楽になるのに…と思っている。

 結果的に、ありがた迷惑な気持ちにさせてしまったり、あらゆる面で返答に困る言動をしてしまった時に謝罪の言葉を、その場で伝えておきたい。

 

 内観すると、自分の方が相手より、負担を多く引き受けておいた方がいい、という概念がある。

 例えば、ご挨拶に、贈り物を考える時、

もしかしたら、相手が🎁👈️これくらいしてくれたら、私が🎁👈️これくらいだと、申し訳ないからと考え、🎁👈️これくらいにしよう!という思考で用意し、フタを開けたら、頂いた方が🎁👈️これくらいだとしたら、拍子抜けするもの、「でも、私の方の負担が大きくて良かったかも」と納得しているのだ。

 負けるが勝ち、というか、自分が誰かより優位になりたくない…というか、そういう所があるんだな〜と思う。

 他者より幸せであってはいけない自分も、いる気がする。

妬まれたりする事はないと思うので、深い所で回避しようとしてるのが不思議だ。


おわりあせる