仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。
気ながく心穏やかにして、
この世に客に
来たと思えば何の苦もなし。
朝夕の食事は、
うまからずとも誉めて食うべし。
元来、客の身なれば
好き嫌いは申されまい。
今日行くをおくり、
子孫兄弟に良く挨拶して、
娑婆の御暇申すがよし。
伊達 政宗 (伊達政宗公訓)
《仁、義、礼、智、信》とは、
儒教で恒常不変の
真理の意味を表し、
当時の武士の心構えとして、
大切なものとされていました。
しかし、
政宗はその大切と
されている考え方だけに、
強くとらわれて生きていくことは、
生き方の自由を奪い、
窮屈になってしまうと語っている
そこには、
もっと自由に素直に、
全てを見渡して、
自分に大切な物は何か、
気付かなくてはいけない。
戦国を生き抜いた英傑の
そのままの気持ちが語られている
人を大切に思うことは大切だが、
行き過ぎると他人のためにも、
自分のためにもならない。
正義やすじを通すことは大切が、
そればかりに縛られると、
物事に柔軟に対応できず、
融通が利かなくなる。
礼を尽くすことは大事だが、
礼にばかり気を使うこと、
また行き過ぎた礼は相手に
逆に失礼で厭味になる。
頭でっかちになり、
机上の知恵を信じていると、
結果として嘘をついたり、
策に溺れることになる。
何でもかんでも、
他人の言うことを信じ、
それに振り回されていると、
損をしていまうことがある。
もっと気分を楽に持って、
素直になって、穏やかにし、
この世にお客さんとして
来た気持ちになれば、
何も苦しいこともない。
人は生まれることで初めて、
この世に生きているのであり、
死ぬことでこの世とは別れて、
再び旅立つからだ。
この世にお客さんとして
来たことになる。
毎日食べる食事は、
粗末であっても、
おいしくなくても、
感謝の気持ちを持って、
ありがたくいただくべきである。
この世にお客さんとして
来ているのだから、
文句など言えるはずがない。
私はこの世を離れていくが、
子や孫や兄弟に
ありがとう、お前達も頑張れよ。
と声をかけて、
旅立っていくのが幸せである。
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