セイカツカイゼンノート

セイカツカイゼンノート

ジョグや日々の徒然

【気づきと反省点①:レース展開について】

  • 前半を押してテクニカルセクションを明るいうちに抜けた判断は正解だった
    雨と滑りやすい岩場が続く区間を明るいうちに抜けられたことで、精神的にも余裕を持って通過できた。この判断は大きかった。

  • 後半に余力を残すべきだったか?という問いに対して
    「もっと温存すべきだったのでは」とも考えたが、それは違う。前半を“押しすぎた”わけではない。単に走力そのものが足りなかったのだ。

  • 70kmで足が切れた原因は、距離というより走力不足
    もし今回が100kmレースだったなら、もう少し走ることを続けられていたかもしれない。つまり、持久力の絶対量が不足していたということ。

  • 練習不足の大きな要因は貧血
    想定していた練習の60%ほどしかこなせていなかった。特に下りの練習量が足りず、早い段階で大腿四頭筋に過負荷がかかった。

  • ハムストリングや臀筋(お尻)の筋力不足も影響
    その結果、太もも(大腿四頭筋)ばかりに負担がかかり、走り続けることができなくなってしまったと考えられる。

 

【気づきと反省点②:補給について】

  • 前半は計画どおり45分〜1時間ごとにジェル補給ができていた
    このタイミング管理はうまくいっており、エネルギー維持に役立った。

  • 塩おにぎりが一番効果的だった
    胃に優しく、しっかりとエネルギーになった。体調が悪くなってからも比較的受け入れられた。

  • トイレを我慢したことによる吐き気が補給に大きく影響した
    吐き気が出てからはジェルが喉を通らず、初めて胃腸の不調を経験した。トイレの我慢が補給不良につながることを実感。

  • バックパックのジェル配置の工夫が必要
    どのポケットにどのジェルがあるかを把握しておくと、味に変化をつけられる
    → 今回はエイドでもらったPUREが手前に集中し、奥に手を伸ばすのが面倒で、同じ味ばかり摂ってしまい、気持ち悪くなった。

  • 次回はドロップバッグに“カップ麺以外”の補給食も入れておきたい
    塩気や温かさだけでなく、気分を変える「味の選択肢」が必要だと感じた。

 

【気づきと反省点③:装備について】

  • 最大の反省点はシューズの選択
    レース序盤に履いていたシューズが合わず、足の痛みや不快感につながった。
    しかし途中で交換した一度しか試していなかったHokaのシューズが思いのほか快適で、後半の復活につながった。
    教訓:レース前に“本命シューズ”は早めに見つけて、十分に試しておくべき。

  • 新たに導入したギアに救われた場面も多かった

    • パゴワークス Rush 11R
      フィット感が抜群で、長時間背負っていても疲れにくかった。今回のレースで非常に信頼できる装備の一つとなった。

    • Naked ウエストベルト
      ポールの装着がしやすく、携帯や薬、ジェルなども収納できて便利だった。
      ただし、トイレ時にポケットから物を落としそうで不安感あり(実際にラミネートした予定表を紛失)。

    • ベースレイヤー(初使用)
      雨に濡れても冷えを防いでくれた。夜間でも体温をキープし、Tシャツの着替えも容易だった。
      レースでは吸湿・速乾だけでなく“冷え対策”としても重要。

    • アームカバー
      ウインドシェルを着るほど寒くない時に、上げ下げで体温調節できて非常に便利だった

    • Lululemonのランニングパンツ(メンズSサイズ)
      素材感が良く、長時間の着用でも不快感がなかった。走っていてストレスがなかったのは大きなポイント。

    • マイルストーンのヘッドライト
      一番暗いモードで使用していたため、電池交換なしで最後まで持った
      使用時間:1日目早朝・夜から朝まで・2日目の夜30分ほど。

    • 指先が空いたグローブ
      岩場やロープを使う場面で非常に役立った。グリップ力と手の自由さを両立できた点が◎。

 

【気づきと反省点④:メンタルについて】

  • 想像以上に「つらい」と感じている時間が長かった
    特に走れなくなってからは、ずっとつらさを感じていた。
    不思議なことに「やめよう」とは一度も思わなかったが、前に進むこと自体が苦しかった。

  • Foggy Cob や Medlow Gapでは心が折れかけた
    足の痛みや険しいコースに加え、視界も悪く、精神的にかなり落ち込んだ。
    ただ、そのたびに誰かが隣にいてくれたことが救いだった。
    → 誰かと一緒にいるだけで、メンタルが保てた。

  • これは練習不足、経験不足によるものだと理解している
    身体の強さと同じように、メンタルも“練習で鍛えられる”ものだと信じている。

  • 夜間、誰かと会話できることの大切さを痛感した
    特に中国人のBoscoと一緒に歩いた時間は、孤独感を忘れさせてくれるもので、とても大きな支えとなった。

  • 多くのランナーが途中からペーサーをつけていたことも印象的だった
    → 次回また挑戦することがあれば、自分もペーサーをつけてみたい。
    心強さだけでなく、孤独な時間を共有できる楽しさがありそうだと思った。

  • 自然の景色が心を救ってくれた瞬間もあった
    雨が続いたものの、雲海や星空など、美しい瞬間に出会うたびに、心がすっと落ち着いた。
    → **「もっと写真を撮れる心の余裕があればよかった」**という小さな後悔もある。

  • 音楽に対する価値観が変わった
    これまでは「音楽は邪道かな」と思っていたが、今回は明らかに音楽に救われた。
    → 真夜中のお楽しみとして、今後も音楽やポッドキャストを活用したいと思えるようになった。

 

【今後に向けて】─ チャレンジは、まだ続く

レースが終わってから1週間が経った。
身体の疲労が取れてきた今、じわじわと悔しさが込み上げてきている。
「失敗だった」とは思わない。でも、改善できる点は山ほどある。

レース中は、100マイルはただただ「つらいもの」としか感じられなかった。
けれど、今は違う。時間が経つにつれて、それは「チャレンジしがいのあるもの」に変わってきている。

だからこそ、これからもっと草レースに出て経験を積みたい。
たとえば、コースロストしてもパニックにならない心構えを身につけたいし、外でのトイレ問題にも強くなりたい(笑)。
そうした一つ一つの経験値を重ねていけば、自分はもっと強くなれるはずだ。

今回の100マイルは、「マラソンとはまったく別の競技だ」と感じた。
でも、逆に言えば「まだまだ伸びしろがある」とも思った。

もし今「サブ3(フルマラソン3時間切り)」を目指すのは難しいと思っていても、
山やロングレースには、積み重ねによって越えていける壁がある
だからこそ、「また挑戦したい」と心から思える。チャレンジできることは、楽しい。

そして今回のレースでは、たくさんの人に支えてもらった。
練習の段階からグループで走った仲間たち、レース中に応援やサポートをくれた友人たち。
言葉では足りないほど、感謝の気持ちでいっぱいだ。

もっと練習して、もっと経験して、もっと強いランナーになりたい。
自分の感覚では、UTMBの完走を目指すなら、このUTA100マイルをサブ32(32時間以内)で走れる力が必要だと感じている。

また、オーストラリアの経験豊富なランナーたちは、みんなコーチをつけて練習している
「あなたもコーチをつけた方がいい」とアドバイスしてくれた友人もいた。
これまでコーチをつけるという選択肢は考えたことがなかったけれど、
今は「実際に試してみるのも面白いかもしれない」と思っている。

長くて大きな挑戦だったUTA 100マイルが終わって、少しずつまた、新しい目標に向けて気持ちが動き始めている。次の挑戦に向けて、また一歩ずつ歩いていこうと思う。

 

 

 

予定より1時間半遅れてアクアティックセンター(CP10)に到着した私は、思ったよりも静かな空間に戸惑っていた。

ボランティアの人たちはみな温かく、何か手伝えることはある?と、優しく声をかけてくれた。

預けていたドロップバッグを受け取ると、棚にはあまり残っておらず、自分がかなり後方にいることを実感した。

 

ここでは着替えをすることにした。爪の痛みに悩まされていたので、新しいソックスに履き替え、一度しか履いていないHOKAのシューズを履く。足先に余裕のあるそのシューズに足を入れた瞬間、ようやく身体全体がリラックスできた気がした。

体育館のトイレは遠かったが、再びトイレで困らないように、到着後と出発前に2回利用した。

時計を充電し、補給食を詰め替えようとするが、ドロップバッグの中にはたくさんの選択肢がありすぎて頭が働かない。

準備に時間がかかり、やっぱり最低限のものだけで良かった、と反省しつつ、身支度を整えて外に出た。

 

 

 

夜は明けていた。明るくなれば走れるかもしれない、そんな希望を持っていたけど、足取りはやはり重かった。しばらく進むと、ちょうど50kmレースの参加者たちがスタートしてきたようで、次々と速いランナーたちがシングルトラックの階段を駆け下りていく。こちらは前ももがパンパンで、下りは斜めにしないと降りられないほどつらい。

道を譲らないと迷惑かも、と思い、少しだけ集団に入って走り、疲れたら道を譲る…を繰り返すことにした。

この「波に乗って抜ける」ことを何度も繰り返した。2000人以上が参加している50kmレース、これをずっと続けていくことになる。

でも、私のようなマイラーを見て、多くのランナーが「You're amazing!」「Keep going!」と声をかけてくれた。

朝の光の中、セーフティーベストを着ていることで、マイラーだ、とすぐに気づいてもらえたのもよかった。だからそのまま着たまま進んだ。

同じようにペーサーのいないマイラーたちが、ぽつぽつと周囲にいた。波に乗って少し頑張って走って、また抜けて休んで…その繰り返しの中で、自然と仲間意識が芽生えた。何人かとちょこちょこ会話を交わしながら進んだ。

何百人と50kmのランナーが通り過ぎる中で、5~6人の友人が私に気づき、「Akiko!」と叫んでハグしてくれた。

自分が全く走れず、ただただ情けない気持ちでいた中、その声援は胸に突き刺さった。涙が出た。

沿道に出ると、応援の数も増えてくる。50kmも100kmもスタートしていて、たくさんの人が私たちマイラーに「You're a hero!」と声をかけてくれる。その言葉に支えられながらも、走れていない現実が悔しかった。

ふと、50kmに出ている仲良しのRさんのことを思い出した。そろそろここを通るはず。彼女の顔が見たい、と思っただけで、また涙が溢れた。もう28時間以上、寝ずに走り(歩き)続けていた。感情がどこか壊れかけていた。

 

CP11に到着したのは10時過ぎ。予定より2時間遅れている。ラミネートしたタイム表はどこかで落としたらしく、頭の中の記憶だけが頼りになっていた。時間が余裕なのかそうでないのかもわからなくなっていた。ここではトイレとジェル補給だけで出発した。

そして、奇跡のように、Rさんが後ろから声をかけてくれた。やっと会えた、そう思った瞬間、私は大泣きしていた。会えただけでいいよ。先に行って、と伝えると、次のCPまでは一緒に行くよと言ってくれた。その言葉が、心の奥底に火を灯した。

 

そしてCP12(140.7km地点)に到着すると、そこには友人のCさんが、おにぎりとお味噌汁を持って待っていてくれていた。

彼女の顔を見た瞬間、もう走れないよ、とまた涙が溢れた。彼女は座って、と椅子を持ってきてくれ、マッサージをしてくれた。

Cさんはプロのマッサージ師。痛みで悲鳴をあげながらも、20分間足をほぐしてもらった。

Cさんのおかげで、私は生き返った。

 

先に行ってね、と言ってRさんと別れ、私はひとりでスタートした。そこから7km、700m下る急坂。さっきまで斜めにしか降りられなかった足が、なんと軽くなっていた。走れる!いや、駆け下りることができる!

まるで新しい足をもらったようだった。

一気にスピードアップして坂を下りると、すれ違うランナーたちが口々に「You look like a different person!」と驚いていた。

私自身が一番驚いていた。Cさんの“ゴッドハンド”のおかげだった。

下り坂でRさんを追いかけ、ついに上り坂で追いついた。なんでいるの?!と驚く彼女に、おにぎりとマッサージパワーだよ、と笑った。

 

 

 

そこからはRさんと二人でラストスパート。何十人ものランナーを抜かしながら、励まし合い、力を振り絞った。最後のWPでトイレに寄ったが、トイレの詰まりが多くて列が長かった。それでもここからも意外に長いので、焦らず済ませた。

残りは最後のシングルトラックと、1100段のFurber Steps。5kmのシングルトラックは本当に長く感じた。

目標だったヘッドライトなしでのゴールは叶わず、途中で装着。でも、あと1時間でゴールできると確信していた。

Furber Stepsでは、Rさんが休憩しよう、と言ったが、休む場所はない。ならば、と一気に登り切った。そして、その先には、ゴールの「Scenic World」があった。

 

フィニッシュラインが見えた瞬間、涙が溢れた。Rさんは横で両手を広げて歓声を上げてくれていた。でも私は、ただただ嬉しくて、泣きながらゴールへと進んだ。

 

フィニッシュラインを越えると、そこには友人たちが待っていてくれた。 

「終わった」

ゴールタイムは37時間25分49秒、土曜日の午後6時25分、─ 160kmの、長くて苦しくて、温かくて、泣ける旅が、ようやく終わった。

 

 

CP8、Six Foot Trackのエイドに着くと、そこには友人のYさんがサプライズで待っていてくれた。

その姿を見た瞬間、胸がいっぱいになり、泣きそうになる。夜の冷たい空気の中で、Yさんの存在が暖かかった。

 

彼女は旦那さんのサポートをしていて、サポートに慣れていて頼もしい。私は甘えることに決め、ドロップバッグの受け取りをお願いし、持参したカップラーメンにお湯を入れてきてもらい、さらにフラスコにはElectrolyte drinkを補充してもらった。

そういえば、最初のCPで水を補給したとき、薬のような匂いがしてとても飲めたものではなかった。

それ以来、エイドに置いてあったElectrolyte drinkを毎回使うようにしていた。

エイドでは、Naak NutritionのElectrolyte drinkやバー、ワッフルが並び、いつものように持参したカップでコーラも飲んだ。他にもオレンジやスイカ、バナナ、ポテトチップ、グミ、パンにジャムやヌテラ、ピーナツバター、ベジマイトなどが用意されていた。だけど、チキン味のカップヌードルはどうしても苦手で、私は自分で用意したものを食べる。

 

普段はカフェインをとらない私だけれど、これから始まる夜間パートに備えて、持参したエナジードリンクを半分だけ飲んだ。トイレを済ませ、装備を整え、Yさんに見送られて再びトレイルへ。ここから約15kmの6FTループを回って、再びこのエイドに戻ってくる。途中には川渡りもある。Yさんは私を見送ったあと、シドニーまで運転して帰る予定だった。本当に感謝してもしきれない気持ちでいっぱいになる。

 

 

 

 

何度も練習で訪れたコースなのに、夜の暗闇と、省電力モードで暗くしたヘッドライトのせいで、どこにいるのか分からなくなる。さっきまで星が見えていたと思ったら、いつの間にかまた雨。気温も湿度も、心も落ち着かない。

この時間帯が一番つらくなるかもしれないと感じて、誰か話し相手がいないかと周囲を見回した。でもこのセクションからはペーサーをつけることができるため、他のランナーたちは皆、仲間と談笑しながら楽しそうに走っている。次々と軽快に抜かされる彼らを、羨ましく思いながら見送った。私には、もう走る脚が残っていなかった。

霧雨の中、私は歩き続ける。静かに、でも確実に抜かされていく。自分は弱い、と思わずにはいられなかった。

 

カフェインの影響か、急にトイレに行きたくなってきた。しかし、あたりに遮るものは何もない。男性ランナーたちはコースの脇で平然と用を足していたけれど、私には無理だった。ウェストベルトを外すのも大変だし、しゃがんだ時にポケットから荷物を落とすかもしれない。ヘッドライトを消したとしても、蛍光ジャケットが目立ってしまう。結局、止まることができず、ひたすら我慢して歩き続けた。

あと1時間半頑張れば仮設トイレがある、と自分に言い聞かせて進む。すると、次第に胃のあたりにムカムカした不快感が広がってきた。それでも止まるわけにはいかない。Coxs Riverの脇を通るシングルトラックは10km弱。走れば1時間もかからない距離なのに、歩いているから果てしなく長く感じる。

 

ようやく107kmのCP9に戻ってきたのは、3時20分を過ぎた頃だった。到着してすぐにトイレに駆け込んだ。そのあと、我慢の限界でエマージェンシーステーションに行き、吐き気止めが欲しいと訴えると、薬は置いていない。食べてないからだよ、絶対何か食べて、と言われた。

確かに、吐き気が続くくらいなら吐いてしまった方が楽かもしれない。そう思い、ボランティアの女性にヌテラを塗ったブレッドをお願いした。少し横になる?と毛布の敷かれたベッドを勧められたけど、すでに体の大きなオージーが横になっていて、みんなで共用しているのを見て遠慮してしまった。

でも、そうやって判断できる自分がいるということは、まだ大丈夫なんだと確認できた。

無理やりヌテラブレッドを口に入れると、少しずつ吐き気が収まってきた。やっぱり、空腹だったのかもしれない。もう一度トイレに行き、身支度を整える。焦っても仕方ない、コース上でトイレに行きたくなるのはもう御免だった。

 

アクアティックセンターを目指してスタートすると、また一人きりになった。

何人のランナーに追い越されたんだろう。ペーサーとともに軽やかに通り過ぎていくランナーたちを、羨ましい気持ちで見送る。

そんなとき、リュックから秘密兵器を取り出した。レース直前に購入したヘッドフォンだ。もともと使うつもりはなかったけれど、もし気持ちが切れた時のために用意していた。息子に貸して壊れたShokzの代わりに、急いで購入した新しいShokz。

音楽を聴くと、不思議と孤独を感じなかった。ポッドキャストではトレイルレースの話が流れ、気持ちを前へ前へと押してくれた。相変わらず雨は降っていたけれど、心は少し軽くなっていた。疲労も眠気も、なぜかあまり感じない。ただ、足先の痛みと「もう走れない」という現実がそこにあるだけ。

 

しばらく進んでいくと、またあの中国人の青年と出会った。ジェルが合わない彼は、エイドで待っていたクルーからお粥などの食事を受け取っていたという。前のパートで一緒に走った時彼が話してくれた、カンボジアの100kmレースでスイカばかり食べて低体温症になりDNFした話を思い出した。その話を聞いた時は大笑いしたけど、それ以降のチェックポイントで私はスイカが怖くて食べられなくなった。

 

彼はマラソン2時間40分の実力者だが、最近は週40kmほどしか走れておらず、上り下りはもう無理だと言っていた。それでも日が明けたら走るから、それまでは前に進むと一緒に歩いた。

幸運なことに、長く続く6FTの階段を、彼と一緒に登ることができた。もし一人だったら、永遠に終わらないように感じたかもしれない。足は痛い。でも、おしゃべりをしながら、少しずつ前へ進む。そして、ついに見えてきた。CP10、アクアティックセンター。117km地点。

今回のレースでは、自分がどれくらいのタイムで走れるか全く読めなかった。

そこで去年のレース結果を参考に、GarminのPacePro機能を使って予想タイムを作成。休憩時間を合計3時間半と見込み、目標は35時間。うまくいけば33時間でゴールできるかもしれないし、途中で歩いてしまっても37時間以内には完走できるはず。そんな想定のもと、35時間を基準とした予想タイム表を作成し、夫と息子にはそれを渡していた。実際にはその予想よりも30分早くCP4に到着することができ、順調な滑り出しだった。

 

CP4からCP5までは、国道沿いの脇道トレイルを進んでいく。たくさんの車が通り過ぎる中、クラクションを鳴らして応援してくれるドライバーや、車の窓から声援を送ってくれる人たちもいて、テンションが一気に上がる。思わずガッツポーズで応えながら、楽しく走れた。

 

その後に続くNarrow Neckの区間は、比較的走れるパートが多く、前半は快調に走れていた。並走したランナーたちと自然と会話が生まれ、オージーの二人組とは追い越したり追い越されたりを繰り返しながら、笑顔で声を掛け合った。

カナダ人の彼とは過去のレースについて話しながら、穏やかな気持ちで進むことができた。

 

 

 

 

 

CP5に到着すると、予定通りしっかりと食事を摂ることに。持参したカップラーメンと、さっき受け取ったおにぎりでエネルギーをチャージ。大量のジェルのゴミを処理し、新しいジェルを補給。エイドに置いてあったPUREのジェルが嬉しくて、4本ほどもらっておく。これから始まる険しいパートに備え、しっかりと準備を整えた。

CPには彼の応援に来ていたAさんがいて、声をかけてくれたことが励みになった。スタートで一緒だったTさんもCPに到着し、私は入れ替わりで先に出発した。

 

CP5から先もしばらくは走れる区間が続いたが、少しずつ足が重くなってきた。スピードは落ちつつあったけれど、このままのペースで進めば次のCPにはヘッドライトを使わずに到着できそうだった。この区間には急な岩場が続くため、明るいうちに通過してしまいたいという気持ちが強かった。

Narrow Neckを進む途中、Tさんに追い越される。彼の足取りとは対照的に、自分の足はどんどん重くなっていった。岩場の上げ下げは、前半の疲労がたまった脚にはかなりこたえた。しかも足元は滑りやすく、慎重に進まざるを得なかった。

そんなとき、後ろから来た男性が「ゆっくり行けば大丈夫」と優しく声をかけてくれたことで焦らず、どうにか難所を通過することができた。

 

岩場を越えたあとも、ぬかるんだ下り坂が続き、足への負担が増す。そんな中、後ろから来たランナーに道を譲ろうとしたら、それが友人のRさんだった。「お先にどうぞ」と言ったものの、結局CPまで付き添ってくれた。おかげで、どうにか明るいうちにMedlow Gapのテクニカルなパートを終えることができた。

 

CP6は70.1km地点。到着すると、ちょうどTさんが出発するところだった。私はトイレに行き、夜間装備に切り替える準備が必要だったため、Rさんには先に行ってもらった。ゆっくりと身支度を整えている間に、辺りはすっかり夜になっていた。

 

CP6からCP7へ向かう道は短いながらも、足場が非常に悪い。すでに靴も靴下も泥でびっしょり濡れていて、足が膨張してシューズのつま先に当たり痛みが増してきた。実はレース前の練習で履く予定だったサロモンのシューズが外反母趾を刺激してしまうことに気づき、急遽トレーニング用のサッカニーを使うことにしたのだが、濡れた状態ではこのシューズがジャストすぎて、爪が内側に当たり痛みが激しかった。下りはほとんど無理と判断し、登りを頑張る作戦に切り替える。

夜が訪れ、スピードが落ちてきたこともあり、気持ちが沈まないように意識しながら歩を進めた。そんな中、たまたま一緒になった中国人の男性が、面白い話をしてくれたおかげで、気持ちが少し楽になった。岩場の厳しいパートも一緒に進んでくれて、なんとか乗り越えることができた。

 

CP7を抜け、しばらくのあいだ彼と一緒に行動したが、やがて急な下りのシングルトラックに差し掛かる。足先の痛みがどうにも我慢できず、ペースが大幅に落ちる。申し訳なく思い、彼には先に行ってもらった。

ひとりでゆっくりと下っていると、朝シャトルバスで一緒だった香港人の彼が再び声をかけてくれ、しばらく並走してくれた。CP5以降、次々と人に抜かされて気持ちが沈んでいた自分にとって、彼の存在はとてもありがたかった。けれど、やはりペースが違い、彼には「次のCPで会えたらいいね」と伝えて先に行ってもらった。

 

そして、ドロップバッグを置いていたCP8には、スタートから17時間半、夜10時半すぎに到着。疲労と痛みを抱えながらも、まだ心は折れていない。明かりが見えて嬉しくて笑顔でCP8にたどり着いた。

レース当日の朝は、2時50分に目覚ましが鳴った。

まだ外は真っ暗だが、頭の中はレースモード。おにぎりとマフィンを口に入れ、静かに身体を起こしていく。

3時半にはホテルを出発。Katoomba YHAのバス乗り場に向かうと、偶然同じホテルに泊まっていた香港人の男性と鉢合わせ、一緒にシャトルバスに乗り込んだ。スタート会場に到着するまでの間、彼とおしゃべり。不思議と気持ちを落ち着けてくれた。

スタート地点では、友人たちと合流。着ていたジャケットをフィニッシュでのドロップバックに入れ、スタート前の準備。そして午前5時、花火とともにレースがスタートした。

 

 

 

序盤はヘッドライトを灯しながら、霧雨に濡れたシングルトラックを淡々と進む。Tさんと一緒に走りながら、抑えめのちょうど良いペースを保つ。途中、CP1に応援でいた友人が声をかけてくれて、気持ちが一気に明るくなる。Tさんがトイレに寄っている間、Rさんと一緒に再び走り始めた。

ここからは岩場が続くセクション。最初はポールを使わずに進んでいたが、やはり必要だと感じて装着。滑りやすい階段やゴツゴツした岩場を越えるたびに、ポールのありがたさを実感した。お腹はまだ空いていなかったが、45分〜1時間に1回はジェルを取ると決めていたので、距離より時間を意識しながら補給を続けた。

 

CP2を過ぎると、今度は長い下りが始まる。階段や岩場が連続し、雨で泥だらけになったトレイルはとにかく滑りやすい。足元に全神経を集中させながら、一歩一歩を確かめるように進む。事前に試走していたおかげで、少しは気持ちに余裕が持てたのが救いだった。

折り返し区間では、友人たちとすれ違うことができて嬉しかった。中には名前を呼んでくれる人もいて、こちらが覚えていない方もいたけれど、そんなアットホームな雰囲気に心がほぐれる。

 

 

 

CP3以降も走れる区間がしばらく続き、ペースよく気持ちよく進むことができた。足も軽く、順調そのもの。次のCPでは夫と息子が待ってくれていると思うと、それが励みになる。早朝にシドニーを出発してくれた夫には、おにぎりの差し入れをお願いしていた。息子は22kmのレースに出場していて、その結果も気になっていた。

そんな思いを抱きながらCP4に到着。47.1km地点。エイドで水とおにぎりを受け取り、トイレも済ませたら、足が動くうちにと早々にリスタート。息子は目標の3時間が切れたそうで嬉しそうだった。よかった。

折角待っていてくれたのに長居できなくてごめん。

 

でもここまでは、トラブルもなく、むしろ気持ちよく走れている。順調な滑り出しだった。