犬が好きです。
大きい犬、小さい犬。子どもの犬、大人の犬。血統書付きの犬、雑種の犬。賢い犬、間抜けな犬。
およそ犬と分類される動物は、だいたい好きです。
子犬がじゃれついてきてくれたときなど、山のフドウのように腰砕けになってしまいますし、老犬に接するときは、それ相応の敬意を持って話しかけます。
今では、道ばたで散歩中の犬を見るだけで、飼い主に気付かれないようにこっそりと口笛を吹く僕ですが、かつて、思春期から青年期にかけて、犬が嫌いな時期がありました。
正確には、犬が恐い期間があったのです。

子どもの頃は、普通に犬が好きでした。
僕がまだ幼稚園児だったある日、家に帰ると、丸っこいタヌキみたいな子犬が、小さい体で廊下をチョコチョコと歩いていました。
我が家の最初で最後の愛犬、サディです。
その日から、サディは僕の弟になりました。
3人兄弟の末っ子だった僕には、サディの存在はいろいろな意味がありました。
幼かった僕は、当たり前のようにサディに話しかけていました。
楽しかったことを報告したり、悩み事を相談したり…。
その度にサディは、しっぽを振ったりクゥンと鳴いたりして、答えてくれました。

そんなサディも、僕が中学に上がる頃、病気で死にました。

高校生の頃くらいからでしょうか? 
僕は犬に吠えられるようになりました。
きっかけは何だったか、覚えていません。
多分、犬になにかいたずらをして吠えられたとか、そんな些細なことだったのではないかと思います。
なんにしても、犬に小さな、本当に小さな恐怖心を抱きました。
思春期はその恐怖心を認めることを許さず、幼少の頃に犬を弟分としていた僕は、犬に対して高圧的に接することで対抗策としました。
今思えば本当にバカですが、当時はまぁまぁ本気で実行していました。
吠えてくる犬に対して、「オレはお前より強いんだぞ」と…。

決定打は、18歳の夏でした。
河原でバーベキューをしていたのですが、先輩がシベリアンハスキーを連れてきていました。
最初はみんなでかわいがり、その後、同級生の女の子が散歩に連れて行きました。
基本的には犬が好きな僕です。
女の子が散歩から帰ってくると、次に自分がハスキーを散歩に連れて行くと主張しました。
女の子から、ハスキーのリードを受け取った瞬間です。
ハスキーは、唸り声とともに僕の手首に噛み付きました。
「うわああああ!」と情けない声を上げていたと思います。
その瞬間から、犬に対する恐怖心は決定的になりました。

それ以来です。
散歩中の犬に吠えられる。
犬小屋の前を通るだけで吠えられる。
友達数人で歩いていても、僕だけが吠えられる。
インド旅行中に野犬数頭に吠え回されたときは、生きた心地がしませんでした。
恐怖心が増える分だけ、バカな僕は犬を威嚇していたのでしょう。
犬は威嚇に反応するとともに、野生の勘で、その裏に隠した恐怖心に気付いていたのでしょう。
ともかく、20代半ばまで、僕は犬に吠え続けられました。

そんな僕も、20代も後半に差し掛かると、再び犬に懐かれるようになりました。
当時は野菜の宅配を仕事としていたのですが、野菜をお客さんに手渡しするので、在宅の際は玄関先に上がり込みます。
なかには犬を飼っている人も当然いるわけで、そのなかには人懐っこい犬もかなりの数がいます。
こっちは仕事で伺っているので、「オレはお前より強いぜ」などと凄むわけにいかず、最初はおっかなびっくりだった僕も、最終的にはこっそりとおやつをポケットに忍ばすまでになりました。

そうです。
僕は犬を、敵としてライバルとしてでなく、愛すべき存在として、再び可愛がるようになったのです。

道ばたで散歩中の犬に口笛を吹くとき。
僕は自分に大人を感じます。

-------------

今日の映画:ベイブ クリス・ヌーナン監督
         犬が主役ではないですが、身悶えするほどすてきな映画です。