統合失調症と聞くと、「気味が悪い」「わけがわからない」「怖い」というイメー ジをもたれている方も多いと思います。 彼らが、なぜ訳の分からないことをいい、 奇妙な行動をし、突然暴れだしたりするのか。
これを理解するには関係念慮(かんけいねんりょ)ないし、 関係妄想という言葉を知らねばなりません。
すこし、横道にそれますが、一般的に「それ被害妄想だよ」などと言う事がありま すよね。ですがこれは、基本的には間違った使い方であり、妄想という言葉は「治療が必要な完全な病気の状態」を指します。
一方、念慮(ねんりょ)というのは、「普通の人 にも起こるまちがった思い込み」程度の概念でして、病気でないひとが「俺、嫌われてんのかな」と(嫌われていないのに)思いこむのは被害妄想ではなく、正しくは「被害念慮」です。
被害妄想という言葉が有名すぎて、間違った使い方がされているんですね。 妄想は訂正できない病的な思い込み、念慮はただの考えすぎです。 妄想は、いくら実際は違うよと説明しても訂正できない、本人が納得しない、信じ込んでいるというのがポイントですね。
さて、キーワードの関係念慮ですがこの概念の説明にあたり、架空の A さんに登場 してもらうことにしましょう。
A さんは 25 歳、転職してきた東京のコンピュター関係の会社で営業をしています。普段は 4 人のチームで仕事をしており自分以外の 3 人は生え抜きの中堅社員で仲がよく、 いまいちそのノリについていけない A さんはいつもさびしい思いをしていました。
そんな折、自分の失敗からある取引をダメにしてしまいました。 チームから離れたい、違う部署へ行きたい、そんなことを考えていた矢先 A さんは チームの 1 人と一緒に北海道へ出張をしました。 2 人での出張です。
A さんは、馬鹿にされないよう必死で仕事をこなしました。 しかし、ちょっとした物の言い方で、取引先の社長を怒らせてしまいました。これでは、取引もご 破算です。 大失敗。チームの1人も口を真一文字にむすび、ひたすら陳謝しています。
その後 A さんは、一人だけほかの仕事があったため東京に一足早く帰り、重い心と足をひきづって自分のデスクへと戻ります。
と、その途中、チームの内、東京へ残っていた 2 人が こちらを見て、笑ったり、顔を見合わせてニヤニヤしています。 「だから、言わんこっちゃない」 などど囁い てもいます。
A さんは思いました。「さては、北海道での失敗が伝わっているな、、、」A さんは情けないと同時に怒りさえ感じます。
しかし実のところ、東京の 2 人は共通の趣味であるお笑いライブの話で盛り上がっ ていたので、にやけていただけで 「だから、言わんこっちゃない」もその 2 人の奥の席の人が新人の指導をしている中で発せられた言葉だったのです。
また、北海道 から連絡などはなく A さんの失敗は誰もしりませんでした。
A さんの話は続きます。
関係念慮によって「あの三人は完全に俺をバカにしている」と誤解した Aさん。数日後、会社の売店に立ち寄りました。仕事が煮詰まり、気分転換を兼ねてです。
A さんは、実はこの売店のおばさんを苦手にしています。
繊細な A さんにしてみれば、このおばさんは、おおざっぱでがさつ。 大きな声で笑い、喋りまくる。デリカシーのない人間にうつります。
会社のいろいろな人が利用する売店ですからいろいろな情報もあつまり、噂好きなおばさんにはぴったりな仕事のようです。
さて、A さんが売店に入ろうとした瞬間 「まあ~、ホント?情けない話ね~。バカみたい」 というおばさんの大声が聞こえてきました。
「また、くだらない噂話か」そう高をくくって、もう一歩、売店の奥へ足をすすめ たところ見えてきたのは、同じチームの三人。しかも、A さんが入ってきたことに気づいた おばさんは口をつぐんでしまいます。
「 うわぁ。俺のこと話してたのか。いい加減にしろよ」そう思った A さんは、手早く目当てのチョコレートをレジへ出し会計を済ませます。会計の最中、心なしかおばさんの目はおよいでいます。目をあわせようとしません。
さすがに頭にきた A さんは、売店をでるときに、小さくポツリと 「いいかげんにしろよ」と言葉を発しました。三人と売店のおばさんに対してです。
驚いたのは、売店のおばさんと三人。TV タレントの噂話をしていただけだったから です。 「えっ?」 「ん?」「なんだ、今の?」口々に言います。
売店のおばさんは「最近、あの子、愛想ないのよ。今もなんか目つき悪くて目もあわせられなかったわよ。 あの子になんかあったの?」と三人に尋ねます。
「確かに、あいつ最近、俺達のこと避けてるよな」
「たまに、目つき悪くて、なんか気味悪いんだよね。」
「確かに、いつも怒ってるかんじ」
三人は答えます。
そんな A さんの最近の生活はこうです。
地方育ちで地元の国立大学をでて地元で就 職。2 年前にこの会社に入るために友達や当時の彼女、家族を残して一人で上京してきました。 会社でいじめられている(と勘違いしている)けれど知人、友人も東京にはおらず 彼女とも 1 年前に会ったきり自然消滅、 頼みの両親は自営業をしており、また両親 とも高齢でなかなか電話して話を聞いてもらうチャンスがありません。
25 歳にもなってこんなこと親に相談するべきじゃない、という意地もありました。
そんなこんなで、東京で一人、悩み、自問自答の日々が続きます。 好きだった音楽も聞く気がおこらず 意識は内へ内へと向かいます。そしていつしか 周りを冷静に見ることができなくなっていました。 勘違いがさらに勘違いを呼ぶ。 そんな最悪の状況です。
「売店のおばさんに自分の仕事の失敗をしられたんだから もう会社中が知っていて もおかしくない。」 完全な思い込み、勘違い (関係念慮)ですが もう A 君はそう信じて疑いません。 ですから、ここで関係念慮は訂正不能な関係妄想となりました。
会社内ではすれ違う人すれ違う人が聞き耳をたて、目を光らせているように感じ 、神経はすり減っていきます。
そんな、辛い辛い日々を耐え抜いていた A さんですが 、ある日、一人、仕事の都合でいつもより 1 時間ほど早くランチをとることになりました。いつもは、エレベーターで地下の食堂街へいくのですが この日は時間的に余裕があり、運動不足も感じていたおりから 、何の気なしに階段をつかうことにしました。
5 階から 4 階へ。
4 階から 3 階へ。
階段を順調に下りていきます。
事件は 3 階から総務のある 2 階へと降りたときに起こりました。
「今日は、随分早いんだね~。ちゃんと仕事したらこんな早いんだね~」
たしかに、そう聞こえました。 それを聞いた A さんは泣きそうになりながら、むせび泣きそうになりながら階段を急いでおり、地下の食堂へは向かわず会社を出ました。
どこをどう通ったか覚えてい ません。 とにかく気づいたら、家のソファーに横たわっていました。
「 絶対監視してる」
これが、A さんにとっては真実でした。
そのころ、会社の 2 階の総務では、いつもより早く配達された宅急便を係の人が受け取っていました。宅急便のドライバーは Aさんの会社の担当を半年ほど前から受け持っている若者で 、経験不足から、配達がいつも遅れがちでした。 でも、だんだん要領が分かってきたのか、その日はいつもより随分早く宅急便を配達したので した。
「今日は、随分早いんだね~。ちゃんと仕事したらこんな早いんだね~」
これに、A さんは自分の状況を重ねてしまいました。 悲しすぎる誤解です。健常者は笑ってしまうのかもしれませんが・・・
その夜、A さんの家には上司から心配の電話がありました。A さんは、でません。無視していました。
「絶対、監視してる。 絶対、監視してる。」
そう何度も心の中でつぶやくと、ある行動を思い立ち 、眠れずに一夜を明かすと次の日会社へと向かいました。
A さんは会社につくやいなや総務へと駆け込みます。
「おい、おまえらか、俺を監視してるのは」
温和な A さんらしくない、語り口。目つきもちょっと普通ではない。
総務部長は急いで警備員に連絡をします。
「わかってんだぞ、お前らなんだろ」
なおも、怒鳴りまくる A さん。
「どこで、見張ってんだ。それとも監視カメラでもあんのか」
A さんがそばにあったファイルを投げつけようと手を伸ばした瞬間後ろから警備員 が A さんを押さえつけます。
「なんだ、このやろー。俺をどうする気だ」
むなしい叫び。 この後、仕事柄、メンタルヘルスにも詳しい人事部長の指示で救急車がよばれあえなく入院となった A さん。
悲しすぎます。
A さんの会社の人に事情をきけば
「そういえば最近なんか様子がおかしかった」
「いきなり、怒鳴り込んできた」
「監視されてるとか叫んでました。」
という証言が出てくるでしょう。
A さんの心をつぶさに見てきたみなさんなら、なるほど、そういうの心の動きかとご納得いただけると思います。 この動きは実際の生活では見えませんから A さんの態度や表情、発言のみから判断して 統合失調症患者は 意味不明だ。怖いとなってしまいます。
もちろん、実際の患者の状況は千差万別でそれに対応する妄想も千差万別です。 この A さんの話はあくまで例の一つであることをご了解ください。
関係念慮によって、周りの状況を自分と関係づけてしまう、そして関係妄想へとつ ながる。そういう病気。 これが統合失調症です。
お分かりいただけたでしょうか。
長文をここまで読んでいただきありがとう御座いました。では。