短大生活にも慣れてきた頃・・・


仲良くなったアイ子。お嬢様ファッションの中で彼女はどっちかといえば


B系の子だった


ある日、アイ子が


「ねーねー、私キャバのバイトしたんだけどさ面接つきあってくれん?」


暇だったし・・・まあ、いいかとスグオッケーした


当時そのお店は人気店だったし・・・今ほどドレスってより普通の服で


スカートだったらオッケー


って感じだったから面接受けて1体することにした


今考えてみれば、私みたいなブサイクなオンナも良く働けたもんだ


キャバなんて可愛く振舞うことが苦手な私だったから


もちろん2~3日で終了~。


いいお金もらったし、ラッキーくらいにしか思わなかった。



まあ、アイ子はその後ナンバー2まで頑張ったけど・・・


確か・・・学校卒業してからもキャバ嬢やってたんだったかな


私といえばお水はキャバは合わないから次はスナック


3ヶ月くらい働いた気がするけど・・・ママと合わないし、


帰宅が遅くなるので・・・すぐやめてしまった


根性なしだな~(笑)









通ってた短大はなんと田舎の山の上


電車を降りて20分は歩いたっけ? 結構きつかった


ビッックリしたのは中学からエスカレーターで上がってきたお嬢さんたち


田舎の山奥なのに、ブランドもんにヒールですか・・・・さすがです


見た目は派手だけど、根はいい子達


スグに仲良くなって、いつも学校さぼってた


中にはホントのお嬢もいたりしてレベル違うな~って感じたり


必須の単位を落としかけて留年しかけたこともあったっけ・・・


バイトもオッケーもらって、初のバイトはウェイトレス


なんだかんだ2年間近く続けられましたわ


入ったサークルはやっぱ軽音


まあ・・・ある意味でいい出会いもイッパイあったなあ・・・


高校と違って、親も少しはうるさくなくなったのを良い事に


色んな事をやり始めた18歳





マダマダ世間知らず・・・ある意味無敵(笑)




もともと、親父がTV局の人で、子供代の頃に何回かスタジオに入れてもらったり


親父の趣味が機械いじりが趣味だったせいか


将来は音響の仕事がしたいと思っていた高校時代


まあ、親父は映像技術だったから、まったく同じ道は嫌だったし


ライブハウスにあこがれてたからかもしれない


そんな儚いユメも親父の6時間の説教により却下


初めて反抗して自分の道を選んだはずだったのに・・・この親じゃな・・・


改めて思った。残念ながら短大しか行ける頭がなかった私



今でも忘れない


お姉が受験に失敗して浪人したとき親父の前で泣きながら


土下座させられ「浪人させてください」って懇願していたこと


親戚中で四大を出ていないのは私だけ


だから、何?


学歴なんてクソ喰らえ


だからお姉のようにはならない



もちろん4大も受けさせられたがもちろん全滅


どうせ自分の行きたい専門学校すら行かせてもらえないのなら


何でもよかった


唯一受かった短大で親を諦めさせて行くことにした