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毎日、毎日、かれら、組織のこれまでのわたしたちへの悪行の数々と経済バランスの略奪による現在の不安定をおもうと、彼らのことを考えないようにしても、つい、思い出してしまいます。


できるだけ、できるだけ、考えないようにしたいんだけど、なんせ、子供とこの地球自然がかかってるので、なにも考えないでいるのもあれなんですが、考えたくはないことです。


こうして書いてはいますけどね。


はぁ・・・


これについて、自分でよくよく考えてみましたことは



かれらはこの地球の支配者になりたい、

でも、私たちはそれにNoをいい、この地球を私たち自身の汚染から守ることや自然バランスのための規制もしていく必要がある

いくら、少子化だって、簡単に外人に永住権を与えたり、

外国人の土地になってはいけない

どこの土地でもこれを守れば、とてもいいと思う

けれども人権を考えながら

フランスなんかいい顔してるけどいまは、移民の混乱がすごい 移民だって市民だみたいに今度は移民がふんぞり返る始末だ でも、これもフランスがやってきたアンバランスだ

アフリカへの空爆や宗教強制、略奪より、自国のいいことろや自然や 他国でもフリーに食べられる畑や木々の保護などで支援するべきではないだろうか?


かれら組織が来世でもわるい魂になって、悪いシステムやムードを再度別の地球に残すこと、それらをわたしたちが許していいこいいこしていっていいわけがないじゃないか。




たとえば、調和した法がなければ、殺人はこの安全な日本でも、たとえ、マフィアや危険な外国人がいなくても、殺人はあるでしょう

(とくに、ムスリムの方は人を殺しても、英雄システムで、日本でも自分の親を殺した人がいたとかどうとか


海外に職を求めて家族で移住したムスリム家族で、自由の国に馴染む子供を親が殺そうとしたとか聞いたこともあります いつぐらい前の話か分かりませんが。)



ですから、わたしたちは法があるわけです


法により、殺人者が死刑になるからこそ、殺害者は次の来世で自分が殺されるようなことに(そういう波動や宿命に)ならなくて済むのです


それは社会をも後に救うことなのです。


今まで、ふつうによく、何気なく、ひところしちゃったのかひいちゃったとかわかってるんだかわかってないんだか、酔った虚言を言って、座り込んで、笑ったりして、飲酒運転ののんべえが、警察に連行されますが、あれも罪が重いです。



よく、運転中に自転車とかで、車が止まれないスピードや自転車運転の仕方が悪くて

飛び出してきたのに、車がわるいとか、法律では車がわるいとか、わけのわからないことをいうひとがいます。

平気で走り出してくる子供もごく少なくいますが、あれも罪が重いです。


車はそんな危険な自転車運転に、普通の速度以下で走っていて、危険者を避けようと止まっても、避けることはできません!


ですから法ができました とても自然でいいですね


子供は幼いときにワクチンを打っていて、子供のころのワクチンから取り入れた有害物質や重金属で、それらひじょうに毒物ですから、自然に排出されませんから、さらに学校とかインフルワクチンとして予防接種ワクチンを再度打つと、重症化したり、発達障害になったりします)


それで、94年にインフルワクチンは任意になったわけです。

子供が重症化したり、ぐあいがわるくなったりと、いろいろありましたから

あのときのひとたちががんばって任意にしてくれたから、いま日本はワクチンは任意なんです


ですから、わたしたちは、おとなになって、再度ワクチンを強制で受けなくてよくなり、これを助けてくれた大人たちの勘の良さと努力と愛を無駄にするべきではありません

ほんとうに、わたしたちのために、まじめに考えてくれて、ありがとう



よく、施設で、病院で、インフルワクチンを打ちまくってますけど、あんなことしてたら、かならず、いつか、免疫的に不安定になり、医者や看護婦も甲状腺や糖尿や脳の欝や疾患など、なりますよ。そうなったら、だれが医療を受け継ぐんですか?


子供が障害だらけで、そんな日本を認めていったら、だれが日本を守ってくれるんですか?



わたしの身内はインフルワクチンについて話しても、や、強制だからの一点張りで、最近は、悪い物質がまた昔以上に添加されてるというのに、インフル接種後、風邪のような症状が一週間以上続き、なぜか耳鼻科へ通うようになり、あたまがぼーとするとよくいいます。


わたしのおじいさんはワクチンは毎年打たれ、きっと早死にするでしょう。なので、今年、私はワクチンを打たないように先生に言ったのです

子供もワクチンで発達障害になるだけではなく、そうした毒物や汚染物質で死んでる子供もいるんですよ

統計には入っていない子供もいるでしょう。



それで、法ですよ!

法がバランスのあるものでないといけません。



東京周辺の駅などの人ごみに行くと、ばんっとぶつかられたり、足を踏んで、キャリアバッグで足を思い切り踏んでおいて、逃げる人もおいです ごめんなさい、とか、ただ、すみません がいえないばかりか、人の足をそうして、踏んだり傷付けることに何も感じない機械人間バカもいます。

誰でも、不注意がありますが、そういう人を傷付けるだろう、歩き方や走り方をして、実際事故にあったり、あわせても、何も感じないのです。これは恐ろしいことです


ですから、せめて、あ、すいません、がいえるように、日本にはマナーが法があるわけです。




わたしたちは、法律があるから、こうして、ときどき、泣き寝入りを防げ、笑っていることもできるわけで、こうした規制というのがある日本はとても幸せなところでもあります。

ほんと、中国じゃなくて、よかった!


男のためのばか理想で、セックスしたいだけで子供わんさか生む男の風習をたたえる宗教のなにがいいの?

男は、自分が付き生まれる時、女だったら、と考えてください


ですから、以前、中国人が日本の土地を買っている、とか水を取っていくから、規制を作るべき、そこが中国人に買われても、規制は作るべきという声が上がっていました。


わたしはこの規制というのは、このように日本ではいい形で活用できると思います。組織が世界をめちゃくちゃにしない法律を国際的に作り、日本からもなにか規制を作り、悪いものが日本に蔓延しないいいものを示せば、きっとほかのアジアも真似できます。


組織に地球、ある程度の経済、バランスをめちゃくちゃにされないことがポイントではないでしょうか?


組織が一つの政府ということを言ってますが、そういうばかげたことをしないで、規制を作るべきです、組織はめちゃくちゃにやってきたので、すでにじぶんたちがうまくやっていくことができないばかりか、利益の面や組織統括の面でも不安定になっています。



お金だけでなんでも動くのでは、お金のある人が最大の法というアンバランスでは、なにも守れません!

規制はそれをバランスをもたらしてくれます。


組織からも、フィリピンのおんなからも(笑)、自分たちの欲からも、

なにもかも、守れないでしょう!

規制がないと。




いままで、いくつの事件やミサイルが土地や海を汚しましたか?


まさか、小泉さんや竹中さんや、まさか、横田さんまで(これは事実かわかりませんが)北朝鮮とかのつながりやそちらのスパイ的国策的エージェントなんて、考えたくもありません!


まさか、国のための民営化じゃなかったなら、だれのためのものだったの?

もう一度、url    http://ameblo.jp/hiromi1810/entry-11326589975.html




ただ、消費税を上げることをこれ以上やめて、規制がそこにあれば、日本という国はもっとちゃんとなっていくと思うのです。


ライフライン、水自体も高いです!

経済のために水はもう少し安くするか、せめて、家庭の水だけもっとある程度の使用料を安くできませんか?



人間が多くなれば、環境も荒れます。売春、盗み、人殺し海外の多くの地域では、それらが当たり前になっていることが多いです。


海外では、人口の規制が必要です。子供が多くて子供をすてたり、売春の道に行かせたり、日本で不当に働いたり、生活保護目当てに日本に暮らしに来たり、日本人を馬鹿にする一定数のフィリピンなどの女とか・・そういう子供が多い土地の人口規制を守るべきです。


罰金を科しましょう


自然環境を守る規制。

家が建ちすぎ、森がないと、自然動物や環境を守れません


規制です!



しかしながら、日本は自然との触れ合いが少ないので、いくら、川や海は危険と言っても、何もかも自然遊びについて規制するのはよくありません。


川に流れる農薬農法をどうにかする方がまだいいです


日本には深い自然や趣が 組織とか日本の金主義でなくなりつつあります。それについて感じることを記事に書きましたが、深さのない場所など、レジャーランド日本のようでたのしさもふかさも感慨もなにもありません。



せめて、地域の自然や地域の趣のある橋や風景を残しましょう!




地方に趣がないのに、人が訪れるか?


私達のやるべき努力はそうしたことなのです。


地域の小さな川の浄化とそこで遊べるくらいのうつくしさ。


小さな滝。


古い家や滝。 なにもかもをとりこわさないでください


知人でこういう人がいました。わたしにはかれが衝撃発言をしたのを覚えています。私は昭和のころ、もっていたそれほど大きくはないマンションのまえに大きなプールのような噴水付きの水場をつくる予定だった

プールではなく、かたちは楕円で、しかし、深さは大人の腰ほどあるような美しい水場を作りたかった


日本のようにコストが高い土地では水代がまたかかると思われるかもしれないが、私は日本人だ。しかし、発想はフランス的ではないか?


それは、駐車場にしてしまい、その水場の建設はいろいろな事情でなくなったのだが。


趣のあるものが日本から次々になくなっている、チェーン店化した雰囲気と思想が残っている。


何もかも、そういう物を残す努力を怠り、地域や国も協力して守らない。

それはとても、反アート的だ。

わたしたちは自然と触れ合うことが他国のように必要なのだ。


お金がかかるというのなら、税金の取り方も考えればいい。


わたしの土地は田んぼと畑、そのわきに大きな木が2本もあるが、ほんとうは、そこを小さな林にしたい



その人の言ったことは忘れられなかったのです

かれはいま、どうしているだろう。