機能不全家庭で育ったアダルトチルドレンの亜美です

「どうして生きているのか分からない」


今から25年前に書いたメモの冒頭の一文です

今から5年前に見つけた時も、全く同じ思いだったのでビックリしました


次から次に悪いことばかり起きていました


健全な家庭で育った方が、生涯、経験することがないような体験を、数え切れないほど経験しました


そんな私が、今から5年前に、私はアダルトチルドレンなんだと認めて、自助グループに参加するようになって、ずいぶん捉え方が変わってきました


「アダルトチルドレン」という言葉は、もう30年以上前に、母から電話で


「あなたはアダルトチルドレンなのよ」


と言われたことがあったので、言葉は知っていました


その時に、母から「自助グループに参加した方がいい」とも言われて


仕事帰りに、いくつかの場所に、何回か通いました


「この生き辛さを分かり会える『誰か』を探して」一生懸命に通いました


だけど、そこには、私の生き辛さを分かり合える人はいませんでした


いなかったのか?

私が正直に分かち合わなかったのか?


あまりに昔のことなので、よく覚えていません


ただ、「この人達ほど私は暗くない」と思ったことは覚えています


まだ、私が本当の「底付き体験」をしていなかったからだと思います


5年前、娘の自傷行為が分かって


なんとなく、私の子育てに何か問題があるような気がしていたので、私のせいなんじゃないか?と思う気持ちがあって、


恐る恐る


『アダルトチルドレン親になったとき』

と、ネットで検索したんですよね


そうすると、アダルトチルドレンが親になった時に、やってしまいがちなこと、全てに当てはまっていました


そして、そのネット記事の最後には


「あなたも機能不全家庭で育ってきたことで、健全な子育てを学んでこなかったのだから仕方がありません」

「あなたは悪くない」


って書いてあったんです


「あなたは悪くない」


この一行の文章に涙がドバっと出てきました


私は物心が付いた時から


「私が悪い」と思って生きてきたからです


「あなたは悪くない」


と読んで、初めて


「私が悪かったんだ」


と認めることが出来た瞬間だったと思います


それまでずっと、

「私が悪い」と思って生きてきたのも事実ですが、何がどうなって「私が悪い」のか理由が分からなかった状態から、「機能不全家庭で育ってきたことで、健全な子育てのやり方を知らなかった」という理由がハッキリと分かったのです


だから、娘に対しての子育てについて、


「健全な子育ての仕方を知らなかったかもしれないけれど、私も娘に、私と同じように『何のために生きているのか分からない』という苦しい思いを植え付けてしまう子育てをしてきてしまったんだ」と、


だから、「娘の今の自傷行為という現実は、私が悪かったんだ」と認めることが出来たのだと思います


アダルトチルドレンについて、本を読んだり、ネットで調べたりして、娘の「苦しみ」は、私が先に回復しないと何も前に進まないと思いました


そこで、自助グループに参加してみようと思ったのです


自助グループに繋がって、かれこれ5年が経ちます


5年が経っても


「どうして生きているのか分からない」


この疑問だけは残っていました


やっぱり、健全な家庭に産まれて、健全なお母さんに、健全に育てて欲しかった


こんなに辛い経験なんてしたくなかった


子供らしく無邪気にわがままを言って、

子供らしく無邪気に親に甘えたかった

こんなに生き辛い人生を送りたくなかった

私も健全な子育てをしたかった

そうしたら娘だって自傷行為しなくても済んだだろうに・・・


自助グループでは、12ステップもしました


親への「恨み辛み」は「感謝」の気持ちに変わりました


私自身の「捉え方」もずいぶん変わってきたので、生きやすくもなってきました


過去と他人は変えられないことも学びました


だから、私が機能不全家庭に産まれたこと

私が機能不全家庭で育てられたこと


これは「変えられないこと」だとも分かりました


それでも、どうしても


「たった1秒でもいい、子供らしく生きたかった」


という気持ちだけは、どうしても消えませんでした


どうしたら消えるのか?


自助グループの本を何回も何回も読んで、自助グループのミーティングに参加し続けることで、あることにたどり着きました


「私が経験してきた辛い経験が、誰かの役に立ったとき、私が産まれたきたことに意味が出来るのではないか」という思いです


それが、先日、自助グループの仲間から


「亜美さんに会えて良かった」

「亜美さん、産まれてきてくれてありがとう」

「亜美さんを産んでくれたお母さんにもありがとう」


そんなメッセージを頂きました


このメッセージを送ってくれた仲間は、元々、親の会で知りあった方です


たまたま、自助グループの催しが最寄り駅近くの会場で行われる時に、こんな催しがあるよ、と声を掛けたのがキッカケで、その方も自助グループに繋がりました


その方も機能不全家庭で育ってきた方です


わだかまりがあったお母様と、今、お母様の最期のときと向き合っていらっしゃる方です


自助グループに繋がっていなかったら、こんな風に穏やかな気持ちでお母様と最期のときを過ごせなかった、と


私に「会えて良かった」とメッセージがきたのです


そのメッセージを読んだ瞬間、


「私の白黒の人生に色が付いた」ような気がしたのです


やっと「私が生きている意味」が出来た瞬間です


この世の中の誰か一人でも、私が存在していたことで救われたのなら、私が辛い人生を生き抜いてきた甲斐もある


そう思えました


そんな風に思えるようになったのも、仲間のお陰です


仲間に感謝いたしますキラキラ


自助グループでは、『与えられた側より与えた側の方が、より多くの恵みを受け取る』と言われています


本当にそうだな〜と思います


25年前のメモ〈原文のまま〉


どうして生きているのか、どうしても分からない

私より不幸な人だって、沢山いると思うけど、私も不幸で仕方がない

こんなに苦しい毎日で、将来に何の希望もなくて

でも死ぬことも出来なくて

今、死ねたら、とっても楽になると思う

でも、このまま死んでしまうのも、何もいい事がなくて、なんか、悔しい

幸せになりたいけど、どうしても人が信じられなくて、だから結婚なんて無理だし

でも、今は辛い

辛すぎる

誰か心の支えが欲しい

黙って、抱きしめてくれる人が欲しい

どうしてお父さんは、死んでしまったの?

2001.1.3 AM5:15


※父はこのメモを書いた4ヶ月前に自死しています