これ!見て!!

これ!見て!!

今さら聞けない「あの人気作、なにがそんなにおもしろいの?」
なんてことも含めて、私が『面白い!』と感じたものを、なにが面白いのかプレゼンしていくようなもの。
簡単にいうと、好きなものの好きなとこ言ってくだけですw

本日は映画『はたらく細胞』をご紹介。

 

原作やアニメなどで噂は聞いていたものの見たことがなかったんですが、テレビで映画版が放送していたので見てみました。

結果。思ってたのとはだいぶ違ってたんですが、それがおもしろかったので今回は「映画」はたらく細胞の紹介、という意味で捉えてください。

 

 

『はたらく細胞』は、月刊少年シリウスにて連載されていた、清水茜先生による漫画が原作。

2018年にはアニメ化もされ、2024年に実写映画も公開された人気作品。

お話は体内にある細胞や、外から入ってくるウイルスなどを擬人化し、「体内でなにが行われているのか」をわかりやすく説明するような漫画、というのが大雑把な説明でしょうか。

今までいろんなものが擬人化され作品になりましたが「細胞」を擬人化というのはなかなか新しいし、身近どころか自分の身体も細胞で出来ていることを考えると、面白い上に勉強にもなるという贅沢な作品ですね。

原作は未読なんですが、映画では物語を描く上で変更したんだろうな、という点も見られました。

が非常に上手くまとめ上げているなー、と好印象でした。

 

まず「体内」の描き方。

有機物なので生態感のある感じでもいいところを、RPGの世界のようなファンタジックな外観を交え描くことで、かなりポップな印象になっています。

さらに登場する細胞たちも、赤血球なら赤い帽子に青い服、白血球なら白いツナギに白い帽子、さらには肌まで白い、といった感じで、かなりコスプレ感が強いコミカルな出で立ちをしています。

いい意味で、褒め言葉として、「バカみたい」ですw

でもこの辺も、コスプレ文化の浸透や、2.5次元舞台などが当たり前になった結果、ここまでやっても「異物」として受け止められなくなった、というのはかなり大きいと思います。

あと皆さんコスプレが似合う。すごい。

そんなポップでコミカルな入りやすい見た目から物語が始まり、「それぞれの細胞の紹介」や「人体の中でなにが起きているか」を序盤は描いていきます。

擦り傷ひとつで体内ではえらいことになっていたり、アルコール飲むとどうなるかとか、非常にわかりやすくて勉強になります。

擦り傷は「大した事ない」体外(人間世界)と、大穴が開いてそれを埋めなきゃいけない「大事」な体内とが描かれていて、ミクロとマクロの差が描かれていておもしろかったですねー。

 

映画では体内の様子と同時に、その体の持ち主の話も描かれます。

タバコも吸えばお酒も飲むダメで不摂生なお父さんを阿部サダヲさんが、そんなお父さんを叱り飛ばしつつ支えるような娘として芦田愛菜さんが、主な体の持ち主。

前半は先ほど書いた「体内」のお話で笑って見られる中、中盤から体の持ち主の話が入り込んでくるんです。

細かいネタバレは避けますが、要は病気になったり怪我したり、みたいな「異変」が起こるわけです。

人間サイドではそんな病と戦う様子や心配する周囲を描くことでグッとお話に一歩踏み込めるような印象を持たせていくのが上手いです。

そしてそんな体内ではとんでもないバトルが起こっているわけで。

これまで紹介されてきた体内の細胞たちが、どこからともなく現れた強力な”外敵”から、自分たちが住む持ち主の「体」を守り抜く、という話に変わっていきます。

ポップなファンタジーが突然バトルものに変わる、みたいな感じです。

もとが擬人化したものなので、他の要素も別の形で描くことができ、かなりアツいアクションバトルも楽しめますし、体内は体内で、ピンチのときに颯爽と現れる意外な仲間が登場したりと、バトルアクションものとしてオイシい要素も盛り込んでいるのでこっちはこっちで見応えがありのめり込めます。

 

つまり、体内でも人間世界でもどっちでも「のめり込める」作りになっていて、軽い気持ちで見始めたのに気がついたら泣かされていた、みたいな、エンタメてんこ盛り作品なのです。

映画に関しては、体内バトルシーンなどでけっこうハードなこともやるのであまりお子様にはオススメしにくい内容かもしれませんが、教育作品としても十分通用する、勉強にもなるしエンタメにもなっているハイブリッドな作品だと感じました。

バトルの際にも言った「意外」な展開が、他のシーンでもけっこうあって、「次どうなっちゃうの!?」とシンプルに楽しめるのも好感触でしたね。

 

 

我々の体内にいる細胞たちの日常(?)を描く『はたらく細胞』。

見てるとけっこう「もっと体、大事にしなきゃな」とか「健康って大事だなぁ……」と思わされる瞬間もあるので、身の回りに言っても直さない不摂生な方がいらっしゃるなら、ご一緒に見てみるのも良いのではないでしょうか。

 

体内は、身近な小宇宙です。

 

本日は『ワンダーマン』をご紹介。

知らない人は「なにそれ?」という作品だと思います……が、当ブログでも多数紹介してきた「MCU」シリーズのひと作品だ、といえばなんとなく世界観の想像は着くかと。

しかしこれが、これまでと一味違ったのでどうしても皆さんに知ってほしい……!という意味を込めて、ちょっと変則的ではあるんですがご紹介させてください。

 

 

『ワンダーマン』は、マーベル・コミックを原作とするMCUシリーズの映画……ではなく、Disney+で配信されている「MARVEL TELEVISION」というシリーズでドラマ化された作品。全8話。

映画と同じところが展開しているドラマシリーズなので、世界観とかは共有。「映画だけでは物足りない!」とか、そういう人にはオススメのシリーズ。

……ですが、「一味違う」ところを含めて、あらすじをば。

 

サイモン・ウィリアムズは売れない役者。なんとかして役を掴んでひと花咲かせたい彼はある日、「ワンダーマン」という80年代の映画が新しく撮影される、ということを知ります。

あの手この手を使ってなんとかオーディションに潜り込むサイモン。

一方トレヴァー・スラッタリーはかつて「テン・リングス」というテロ組織のリーダー……の、役を演じていた役者。

オーディション現場でサイモンと出会ったトレヴァーは、彼を役者の先輩として導くように接しつつ、二人は行動をともにしていくことに。

しかしトレヴァーは、過去の罪を恩赦が目的で、サイモンを監視するために近づいていたことが判明。

そしてサイモンは、実はスーパーパワーを持つ人間。

この世界にはスーパーパワーを持つ人間を取り締まる組織があり、そこに目をつけられている「スーパーヒーロー予備軍」のような存在。

しかもスーパーパワーの持ち主は、役者として映画に出ることは出来ない世の中。

サイモンはパワーのことを隠しつつ、ワンダーマンのオーディションを勝ち取ることが出来るのか!?といった内容。

 

……おわかりだと思いますが、普通ヒーロー作品って「パワーを持った人が戦う」もんだと思うんですが、この作品は逆。

パワーのことがバレないように物語が進んでいくという、不思議な構図になっているのです。

なのでマーベル作品、スーパーヒーローを期待して見ると肩透かしを食らうような内容ではあるんですが……この作品は、パワーに頼らない人間ドラマに比重を置いているところが新しい。

 

サイモンもトレヴァーも役者。途中で出てくるサイモンの元彼女も役者。

役者は別の人間を演じる者……なのに、サイモンが彼女に振られた理由は「本当の貴方を見せてくれない」から。

ワンダーマンのオーディションで監督が求めているものも「本当の自分を見せてくれ」というもの。

嘘と本当、虚構と真実、そしてサイモンには「隠さなくてはならない秘密」があるから、本当の心をなかなか見せる事が出来ない。

トレヴァーは役者として上手くそのへんの匙加減がわかっているから、サイモンに役者の先輩としてアドバイスをする。けれどその裏で、彼は彼で”嘘”をついている。

真実はなんなのか、大事なものってなんなのか。最終的にサイモンはなにを選ぶのか。こういうところに焦点を当てているのが、非常に面白いシリーズなんですねー。

 

 

MCU作品って、昨今は特に「数が多すぎる」「どこから見て良いのかわからない」という意見が多い気がします。

私はシリーズとして好きなのでだいたい追ってますが、この作品はトレヴァーの「マンダリン」という要素以外は、これまでのシリーズを知らなくても楽しめる作りになっています。

そして焦点が「人間ドラマ」に当たっているので、物語としても楽しめる。

Disney+独占配信の作品なので、加入しないと見られないのがオススメしづらくはあるんですが、ここ最近見たヒューマンドラマでかなり面白かったので、ご興味持たれた方には是非見ていただきたい作品です。

 

本日は『うるわしの宵の月』をご紹介。

 

この1月からアニメも始まったのでご存じの方も多いかもしれませんね。

なんなら今からなら追いつけるかも?

 

 

『うるわしの宵の月』は、やまもり三香さんによる漫画作品で、講談社の『デザート』にて連載中の作品。

さきほども書きましたが2026年1月より、TBS系列にてアニメ化もされている作品。

現時点だとアニメは第2話まで放送されてる状態ですかね?

 

背も高く父譲りの整った顔立ちを持つ主人公・滝口宵は、その容姿やふるまいから周囲の(主に)女性から「王子」と呼ばれている存在。

真面目で責任感の強い彼女は、電車で降りられずに困っている人を見かければ手助けをしたり、体育祭で転んだ女子がいればお姫様抱っこして走ったりと、根っからの王子様気質。

もう一人の主人公・市村琥珀は、宵と同じ学校の一年先輩で、学校で「王子」と呼ばれる「もう一人の王子」とでもいうべき存在。

ある日二人はまったく知らない状態で廊下でぶつかり、琥珀は宵に「あんためちゃくちゃ美しいな」と顎クイ。

この時点で琥珀は宵のことを男女どちらとも考えておらず、ただ単に「美しい存在」として認識しただけ、というのがこのお話の面白いところでもありとっかかり。

宵のことが気になった琥珀は、ご飯に誘ったり、忘れ物を届けに宵の父が営む店に押しかけたりとなにかとちょっかいをかけるようになるが、何度か会ううちに、今まで会ったどんな女の子とも違う反応と、その美しい容姿に惹かれている自分に気づく琥珀。

一方宵は、今まで「王子」として扱われたことしかなく、自分を女性として扱ってくれる琥珀に困惑。何度か会ううちに宵は琥珀に、ホントは見た目やふるまいよりもチャラくなく、誠実な部分も見出していく。

そんな中琥珀は、半分冗談めかして「じゃあ試しに付き合ってみる?」と聞いてみると「いいですよ」というまさかの答え。

かくして「王子」と「王子」の恋愛が始まっていくのだった……というのが、原作でいう1巻、アニメでいう2話あたりまでのお話になります。

 

 

さて、講談社のデザート、という時点でお気づきの方はお気づきだと思いますが、こちらは少女漫画が原作の作品です。

私は面白ければ少年漫画だろうと少女漫画だろうと読むタイプなんですが、かなり前に芸人さんが「この漫画が面白い!」と自身が読んでる漫画を紹介する番組で気になった作品がこの『うるわしの宵の月』でした。

一番の理由は「絵の美しさ」。

この作品も少女漫画らしい、女性が好みそうな絵柄ではあるんですが、その中でも群を抜いて美しい印象。このへんは個人の好みも入るので見ていただくのが早いと思いますが、美しいのは間違いないと思います。

そしてその、美しい見た目の「男性っぽい女性」の「王子」と、「男性」の「王子」が恋愛関係になっていく、という、他の作品では見ない絵柄になるのが面白い。

基本少女漫画に限らずメインキャラは美しく描かれるものですが、この作品はそもそものレベルが高い上、美しい男の子と、美しい男(に見える女の子)の恋愛が描かれるわけです。

 

画面の華が違いますw

 

とはいえヒロインの宵は、人前ではスマートな振る舞いを心がけているフシがありまして、それが「男装の麗人」然とした「王子」に見えるカラクリがあり、しかし琥珀の前ではそれがあまり出ず、宵の中の「女の子」の部分が強調されるかのように引き出されるという面白みがあります。

これも一種の「ギャップ萌え」ってことになるんですかね?宵の”女の子らしい部分”がとてもかわいらしく見えるのです。

加えてずっと周りから王子扱いされてきた宵は、女の子として扱われるのに慣れていない。

宵自身も自分の中にあった、知らなかった「女の子な自分」と向き合うことになっていく過程が、見ていて楽しくもキュンキュンする、そんな作品になっています。

 

一方でヒーロー(男主人公の意味です)の琥珀は、周りから「王子」と呼ばれ、見た目も整っているものの、そのもう一つ後ろには「実家が金持ち」というバックボーンがありまして。

顔も良くて金もある、という意味も含めて「王子」と呼ばれている認識が強く、言い寄られることも多く女慣れはしているもののあまり他人に興味を示さないタイプ。…なんですが、宵だけは琥珀の方から興味を持って近づいていく。

こちらはこちらで「王子」扱いされないからこそ惹かれる部分があり、二人の王子がお互いを王子としてではなく「普通の人」として惹かれていくのも、この作品の魅力のひとつだと思います。

二人が普通の学生で、普通に生活して普通に恋愛してきた経験の持ち主だったらこんな物語にはならない。普通だったら起こり得ない、普通じゃない「王子同士」だからこそ巻き起こる恋愛。

それがこの作品『うるわしの宵の月』だと思います。

 

 

展開としては間違いなく王道の少女漫画だとは思うんですが、「王子」という要素が入ることで、こんなに物語の味わいが変わるのか、というのがこの作品のおもしろいところだと個人的には感じています。

あと、言葉選び。

ふとした瞬間に琥珀は「宵ちゃんになら殺されても良いと思ってる」と言い出します。

その理由として「最後に見るものがとびきり美しいものって、何か良くね?」と。

こういうイケメンだから許される、普通だったらイタいかストーカーになりかねないセリフが成立するのも、美しい世界だからこそ出来る遊び方のひとつなのかな、と思います。

 

汚い現実世界に目を背けたいと感じたことがあるそこの貴方!うるわしの美しい世界に身を委ねてみるのも悪くはないと思いますよ?

 

ちなみに宵の父が営むカレー屋さんは下北沢にあるお店がモデルになっていたり、作中に出てくる遊園地は花やしきがモデルだったり、”聖地巡礼が出来る作品”という意味でも楽しみがある作品でもありますので、ソッチ方面がお好きな方にもオススメしておきますw

 

今回は映画『マスカレード・ホテル』をご紹介。

つい昨年……といっても数週前にフジテレビで放送されてたので観た方も多いのではないでしょうか。

 

自分もそのクチですw

 

が以前一度観たことがあり、その時に「おもしろい!」と思った記憶があったので、改めて観てみておもしろかったので「書こう!」となった次第。

ミステリー小説原作なのでもちろんネタバレはせず、おもしろいと感じたポイントをお伝えできればと思っています。

 

 

『マスカレード・ホテル』は、2019年に劇場公開された映画作品。

原作は東野圭吾さんによる小説作品で、このブログでは『容疑者Xの献身(ガリレオシリーズ)』でご紹介したことのある原作者さんですね。

 

物語は、都内別々の3ヶ所で起きた殺人事件。

場所も殺害方法もバラバラの3つの事件現場にはある”暗号”が残されていて、解読の結果、次の事件が「ホテル・コルテシア東京」というホテルで起こるであろうことが示されます。

警察は事件を未然に防ぐため、捜査員を一部ホテルスタッフに紛れさせ、潜入捜査を決意。

暗号を解き、帰国子女で英語も話せることから新田浩介という刑事がフロントクラークとして潜入捜査をすることになり、教育係及びサポート役として、ホテルのフロントクラーク・山岸尚美が彼に付くことに。

いつ起こるかわからない殺人事件に警戒しながら、フロントクラークとしての業務もこなしつつ事件をどう解決していくのか、といったところがおおまかなあらすじ。

 

まずこの物語の構成として「おもしろいなー」と感じたのが、刑事とホテルマンという職業の差、です。

作中けっこうな無茶を要求してくる客に対して、怒ることなく丁寧に対応する山岸に疑問を感じる新田。

山岸は「ホテルでのルールはお客様」「快適にお過ごしいただくサービスを提供するのがホテルの役目」と言います。

一方で刑事である新田は、容疑者はどこに潜んでいるのかわからないので、基本目に付く人すべてを警戒します。

この職業として生じる「人を信じる」者と「人を疑う」者がバディを組む、という仕組みが、まずおもしろいんです。

特にフロントは、チェックイン作業や客室からの電話対応など、お客様と触れ合うことが多い仕事。

たまにテレビで見るトラブル事案の紹介特集でも、ホテルでのトラブルって出てきますよね?

この作品でも様々な”厄介な客”がトラブルを持ち込んできます。

それに対して「信じる」山岸と「疑う」新田の、物事に対する姿勢の違いがおもしろい。

基本「ホテルマン」としてちゃんとしてない刑事の新田に、山岸が注意をして反目し合う、みたいな展開になるんですが、新田も優秀な刑事ではあるので、ホテルマンでは気づかない「違和感」みたいなものにいち早く気づいてトラブルを回避するシーンもあったりして。

お互いがそれぞれエキスパートであることを次第に理解していき、バディになっていく様子が見ていて面白い。

 

そして「ホテル」という環境。

今回殺人事件が起きる、ということで警察は潜入捜査に来ているわけですが、ホテルではトラブルがあるのが日常といってもいいくらい様々な出来事が起きる。

事件に関係ないトラブルも「怪しい」ので、見ていてどれが事件に関係があって、どれが関係ないのかがわからない。

一見関係ありそうなトラブルが事件とは無関係だったり、無関係そうに見えていたものが、実は事件に関係していたりと、結末に向かって徐々に真相に近づいているのに、それまでの予想が二転三転してなかなか真相にたどり着けない。

……まぁ「ミステリーってそういうもんだろ」と言われればそうなんですが、この作品はそこに「ホテル」というアイテムを持ち込むことで余計にわかりにくく、巧妙に隠されているのが素晴らしいです。

基本作品を楽しむスタンスで観てましたが、一応「誰が犯人だろう?」とか「なにがヒントだ?」と疑ってはいたんです。が。もちろん最後まで真犯人はわかりませんでしたw

私の能力不足もあるとは思いますが、なかなかこの作品の結末に事前に気づける人は少ないのではないでしょうか。

 

あとこれはおそらくわざとやってる部分もあると思うんですが、警察とホテルマンでの「演技の差」があるのが面白い。

警察は基本「犯人探し」をしているので、眼光が鋭かったり、動きも荒っぽくなりがちなのに対し、ホテルマンは「通常の業務」として振る舞うので、細かい所作などにもお客様への配慮や安心感、快適さをお届けするように演技をされているんです。

ただの刑事ドラマだったらきっと、警察の中にも温厚な人物や知的さが前に出るキャラクターが配置されると思うんですが、その分担をホテルマンと警察で分けている印象。

対比がわかりやすいようにあえてそうしてるんだと思うんですが、トラブルに対し、刑事は荒っぽくても鎮圧を優先するのに対し、ホテルマンは温厚かつ丁寧に対応していく。この職業としての違いを、演技面でもそう見えるように作られているのが面白いですねー。

 

 

と、ミステリー作品をあまり紹介してしまうとネタバレに踏み込んでしまいそうなのでこのくらいにしますが、個人的には「本の構造」が上手い作品だと思いました。

たくさんの人が集まりトラブルも多い「ホテル」という場所で、お客様の日常を壊すことなく事件を解決しようとする。

我々も利用することもあるホテルの裏側では、実はこんな大変な対応をしてくださってるのかな?なんてことにも気付かされたりして。

もちろん事件とか潜入捜査なんてことは日常では起きてないでしょうけどw

無関係で一期一会に思える人が集まるホテルという場で起こる、人と人との関係も描いていて、非常によくできた作品だなーと思える映画でした。

あけましておめでとうございます。

 

2026年1発目は、昨年最後に観ることになった映画『デッドプール2』をご紹介。

ホントはね……一年最後の映画はR指定作品じゃないほうがいいなーとは思ってたんですけど、X-MENシリーズをキリよく終わらせたい、という気持ちとタイミングが合致して観ることになってしまいました……が。

これが面白い映画でした!1もよかったんですが2がかなり良い!ということで1すっとばして2をご紹介。

 

 

『デッドプール2』は2018年に公開されたマーベルコミック原作のスーパーヒーロー映画。

……が、デッドプールはいわゆる「ヒーロー」とは違う特性を持ってまして……そういう面を考慮してか、ヒーロー映画なのにR指定で公開されるという、極めて異例な作品。

普通ヒーローって「人助け」が使命になるので、敵であっても命までは取らない、あくまで「制圧」程度で留めることが多いんですが、この作品はガンガンに◯しまくりますw

血の描写も多いので、グロいの苦手だよ〜、って方にはこの時点でオススメできませんw

が、デッドプール2は「R指定映画で最も売れた作品」としても有名でして。

そういった「人を選ぶ部分」はあっても、一定以上の評価を受けた作品である、ということなんですねー。

 

ではまずさらっと『1』とデッドプールの設定を。

 

デッドプールことウェイド・ウィルソンは傭兵業を生業としている人物ですが、ある日ステージ4のがんに侵されて、それが全身に転移していることがわかります。まさに絶望的な状況。

1の冒頭で彼女が出来て、一緒に過ごしたいと思った矢先の出来事で、なんとかして生きるために「我々なら君を治せる」という謎の組織の実験台になることに。

結果。驚異的な治癒能力でがんが出来てもすぐ治る、という力を手に入れたおかげでほぼ不死身の身体を手に入れますが、そのかわりに全身が焼けただれたような醜い姿になってしまいます。

1ではこの後、自分をこんな姿にしたヤツに復讐する、というのが描かれるお話。

ウェイドは「こんな姿になってしまったら、彼女と一緒にいられない」と尻込みするんですが、彼女は「見た目なんてどうでもいい」という器量の大きな女性なので、二人は幸せになる、という結末になるんですねー。

 

そしてデッドプール固有の能力として、先程も挙げた「驚異的な治癒能力」ヒーリングファクターというものと、「第四の壁を超える」という能力を持っています。

この「第四の壁」というのがメチャクチャ固有の能力でして、簡単にいうと「こっち(観客)に向かって話しかけてくる」んです。

彼はちゃんとウェイド・ウィルソンという人生を生きているんですが、自分がキャラクターとして描かれていることを理解していて、読者や視聴者に対して話しかけてくるんです。

敵キャラに対して「あー今お前に話してんじゃない」と言ったり、「ここで音楽スタート」と言うと音楽が流れたり、という、他のキャラクターはあまり持っていない第四の壁……つまりスクリーンを超えて話しかけてくるんですねー。

当然かなりメタな展開なので基本はコメディ。ウェイド自身もポップカルチャーが好きでおしゃべりな性格なので、どんな窮地でも相手をおちょくり喋り続けて余計に相手を苛立たせたりするのが滑稽に見える。そこが『デッドプール』の最大の魅力かもしれません。

 

一方コメディとは言いつつも『1』は作品冒頭で「これは愛の物語だ」と。「2」では「家族の物語だ」とナレーションが入るんですが、実際本当にそういう話をやるんですよね。

1では復讐と彼女との愛を描き、2では「家族とは」という問いかけがお話のベースになっています。

一応ヒーロージャンルの区分としては、デッドプールはX-MENと同じミュータント系の作品に入るので、X-MENでもたびたびテーマとなる「人間」と「ミュータント」の差別の問題。これを扱うことになるんです。

望んで手に入れたわけではない異能力に振り回され、人間に拘束されてひどい目に遭わされて人間不信になる……彼らには仲間が、家族が必要だよね、というようなことなんですが。

グロいのもコメディもあるんですが、こっちのテーマをきちんと描いていることで「思ってたのと違う!」「デッドプールに泣かされるとは思わなかった」みたいな意見が出るような映画でした。

 

そしてこの作品、面白いのが主演であり制作・脚本にも参加しているライアン・レイノルズがデッドプールのことめっちゃ好きなんだそうで、それが良いんですよねー。

そもそも『1』を作りたい!と思ったきっかけのひとつが、『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』という、デッドプールを公開する前にやった作品にウェイド(デッドプールになる前)が出てくるんです。が、この時「おしゃべりでうるさすぎる」と、彼を改造した博士が口を縫い付けて喋れないようにしてしまうんですね。

もちろん作品ですしそれで公開もされたので了承した上で演じたんでしょうが、「こんなのデッドプールじゃない!」という思いが強かったそうで、「じゃあちゃんとしたデッドプール作ろうぜ!」と1作目の制作に至った、というお話を聞いたことがあります。

作中に出てくるキャラクターも原作に近い衣装やポーズ、原作にあるコマを再現したような演出が至る所にほどこされ、分かる人が見たら「むっちゃデッドプール!」とわかるくらいの作り込み。

さらには第四の壁問題があるので、明確には言いませんがデッドプールの世界では「MCU」の映画はやってるっぽい(デッドプールが知ってる)し、マーベル・コミックも存在している世界になっていて、作り話と現実話が入り混じったメタ的な展開がおもしろいんです。

特に2でびっくりしたのは、1の時から「カネがない」「有名なX-MENの一人も呼べないのか」などと愚痴を言うシーンが描かれてたんですが、1シーンだけ、その「本家X-MEN」のキャラクターが登場するシーンがあるんです。

時期的に「ダークフェニックス」を撮影していた時期とカブっていたらしくて、それのおかげで奇跡のコラボ、みたいなことが出来たそうなんですが、イジれるところは全部イジっていくぞ!というような、「面白い」に全振りした作りが楽しい、そんな映画です。

この後2024年に続編でもある『デッドプール&ウルヴァリン』という作品が制作されるんですが、こちらは「MCU作品」に組み込まれることになります。

そこにも上手くつなぐことができるような仕掛けも用意されていて、抜かりない作品だな……というのも、今見返してみるとおもしろく感じる部分だったかもしれません。

 

 

R指定ということもあり、そういった描写やデッドプールらしいハチャメチャな部分に話題が集まりがちなんですが、ちゃんと見ると話もしっかりしていて原作愛も深い。

人を選ぶ部分はありますが、近年見た映画の中ではかなりエンタメ度の高い満足感のある映画作品でした。

基本的には他の作品知らなくても楽しめるようにはなってますが、X-MENや他のアメコミ作品や、アメコミ関係ない有名な映画作品を知っているとより楽しい”仕掛け”がたくさんある作品でもあるので、何度見ても新しい発見がある、楽しみ詰め込み型びっくり箱みたいな映画です。グロいの平気なら是非見てみてくださーい。