揚げ物屋”昏々”のブログ

揚げ物屋”昏々”のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

お題 ・トマト ・イルカ ・竪琴 ・星屑 ・夜空を見上げる ・永遠の愛


 塾からの帰り。暗い夜道を歩いていると、前方から見慣れた格好をした男性が歩いてきた。

「……あ、やばい」

その顔と特徴的な髪形を見て、私は足を止め、すぐ横にあった路地に体を隠した。

 男性、もとい、生徒会長の忍野が私のすぐわきを通る。だが、彼はこちらに気付いていないのか、すたすたと歩いていってしまった。

「気づいていない? 珍しいな、いつもなら捕まえて、口うるさく説教するのに」

 とりあえず、気付かれないうちに立ち去ろう。そう思ったが、ふと彼の後姿を眺めてみると、その背中に見慣れない脚立のようなものを背負っていた。

 こんな時間に、生徒会長が、脚立を背負っているのである。

「事件の匂いがする」

 変な好奇心に駆られて、私は彼のあとを追ってみることにした。




「いったい何をするんだろう……」

 木々の影から、忍野の姿を確認してみる。まだこちらに気付いていないのか、彼は背負っていたリュックと脚立をおろし、ごそごそと何かの準備を始めた。

 ここは私たちが通っている高校の裏山だ。あのあと、彼はまっすぐここまで来た。そして、木々の開けた場所で立ち止まると、しばらくのあいだ夜空を見上げていたのだが……。

「ううん、なんかおかしいな」

 事件の匂いがすると直感的に思ったが、見当違いだったのだろうか。新聞部一のパパラッチであると自負していた私だったが、ついに引退の時だろうか。そんなことを考えていると、キャンプ用のライトを持った忍野が急にこちらを向き、そして首をかしげた。びっくりして、反射的に身をかがめてしまう。

「……誰かいるよね? しかも眼鏡かけてる人」

 なぜ眼鏡をかけていることが分かったのだろうか。彼はなにか、第三の目でも持っているのだろうか。

 観念して木々の間から出ていくと、忍野はちょっとびっくりしたような顔をして、そのあと、私に対して微笑んだ。

「なんだ、川口さんか。じゃあ、今日のお客は君か」

「え? お客?」

 私がそう返すと、忍野は首をかしげた。

「あれ? 新聞部がついに噂を聞きつけたのかと思ったんだけど、そうじゃないの?」

「私は塾の帰りに忍野を見かけたから、ついてきただけよ。……それよりも、こんな時間にこんなところで何してるのよ。天体観測じゃあるまいし」

 呆れたようにそう返すと、忍野は私に何かを差し出してきた。

「じゃあ、はい。初入店記念」

 差し出した手から零れ落ちたものを両手で受け止める。彼が持っているキャンプ用のライトで照らしてみると、それは海のような深い青さの、小さな竪琴だった。

「これ……」

「綺麗でしょ。星屑で作った根付なんだ」

 忍野が得意げに言う。いつもの生徒会長の雰囲気とは違って、無邪気な子どものようだった。

「綺麗だけど……どうやって作るの?」

 そう聞くと、彼はよいしょと脚立を立ち上げた。そしてそのまま登っていき、てっぺんの部分で立ち上がると、静かに星に手を伸ばした。

「夜空って面白くてさ、こうするだけで星に手が届くんだよ。で、こうやって星屑を集めて、一番大きな星屑を基にして作るんだ」

 ……私は夢でも見ているんだろうか。星に手が届くだって? しかもそんな非現実的なことをやっているのが、いつも口うるさく現実的なことしか語らない、あの生徒会長だって? 訳が分からなくなってきて、思わずしゃがみこんでしまう。

「……めまいがしてきた。明日は紅い雪でも降ってくるんじゃないだろうか。そして隕石が衝突して、地球は滅びるんじゃないだろうか」

「お、これは珍しい!」

 のんきなものだ。どうしてこの生徒会長は奇人変人なのだろう。

「珍しいのができたよ、川口さん。これは火星の星屑を基にしたんだけど……」

 脚立から飛び降りてくる忍野。やはり頭がいかれてしまったか。何とも言えない表情のまま、忍野の持っている根付を見てみる。

「……イルカね、かわいい」

「でしょ」

 しばらくそのイルカの根付を見ていると、なぜだか今の状況が急におかしく思えてきた。

「ねえ、これ、記事にしてもいいかしら」

 笑いながらそう言うと、彼は少し困ったような表情をしてから、首を小さく横に振った。

「このイルカの根付をあげるから、それは辞めてくれる? できれば秘密にしたいんだ」

「なんだ、残念」

 肩を落とすような動作をすると、先ほどと同じように彼が手を差し出してきた。同じように両手で根付をもらおうとした途端、ぐらりと地面が揺らぎ、バランスを崩した私はそのまま前のめりに地面に倒れ込んでしまった。




 目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響き、反射的に力いっぱい手のひらを叩きつけてしまう。しばらくそのままの態勢でいたが、ごろんと寝返りを打ってみると、窓の外はもう明るかった。

「……え、本当に夢だった?」

 上体を起こしてみると、胸元から小さなものがコロコロと転がり、布団の上から落ちた。拾い上げてみると、あの小さな竪琴だった。

「夢じゃ……ない……?」

 あれは夢か否か、果たして。寝起きの私には、それは判断できなかった。




 あのあと、生徒会長はいつもの生真面目な生徒会長に戻っていた。今日もまた、廊下で私を捕まえて、口うるさい説教をする。

「この記事、川口さんだろ? ……新聞部のエースなのはわかるが、無理な取材は辞めてあげてくれないか。生徒も迷惑しているんだし」

「はいはい」

 とってつけたような返事をすると、忍野は眉間にしわを寄せた。ああ。いつもの忍野だ。……そう思った瞬間、彼はいきなり私の腕を掴んできた。

「えっ、ちょっと!」

 反射的にその手を振り払おうとすると、忍野は急に笑顔になり、人差し指を唇の前に立てた

「しーっ。静かにしてくれるかい? ……昨日の忘れ物を届けに来たんだ」

 あまりのことに驚いていると、忍野は私の手のひらをゆっくりと開かせ、あのイルカの根付をそっと握らせた。

「これは永遠の愛を手に入れられるお守りだ。大事にするといい」

「……あなたはいったい誰なの?」

「僕かい? それは秘密。……またのご来店をお待ちしています」

 忍野はそう言うと、痛くしてごめんねと言いながら私の腕を優しく離し、そして廊下をすたすたと歩いていってしまった。

「…………」

 忍野が廊下のつきあたりに消えていくのを見届けてから、握っていた手のひらをゆっくりと開いてみる。

 イルカの根付は透き通るような赤色で、まるでみずみずしいトマトのようだった。

「永遠の愛、か……」

 昼休み終了のチャイムが、とても遠いところから響いているように聴こえた。