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ファッション業界を牽引する、大きな影響力を持つファッションフォトグラファーの一人、マリオ・テスティーノへのインタビュー。きっとこのブログの読者のほとんどの方がモデルに興味を持って見に来てくださっていると思うので、少しマリオ・テスティーノという人物についてご紹介したいと思います。

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マリオ・テスティーノはペルー人のファッションフォトグラファーです。VOGUEはもちろんのこと、数多くのファッション雑誌で著名なモデルや俳優などを被写体として来ました。映画『ファッションが教えてくれること』(原題:The September Issue)で9月号のカバー(下)を撮影した人物こそ、このマリオ・テスティーノです。

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彼のキャリアの中でターニングポイントとなったのは、1997年に発行されたVanity Fairでダイアナ妃を撮影する写真家として選ばれたことでした。それ以来、英国のロイヤルファミリーの専属カメラマンとしても活躍しています。

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こちらの写真も、マリオ・テスティーノによるものなのです。

それではインタビュー本文に移りたいと思います。

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テスティーノさん、今まで撮って来た中で完璧な写真というのはありますか?

ーないね。


では、あなたの写真の中で最も完璧に近いものはどれですか。

ーできるだけ完璧なものを作るようにはしている。私にとって完璧なものとは、デザイナーやモデル、雑誌が伝えようとしているものにどれだけ近づけるかということだ。グッチやヴェルサーチ、バーバリーとの仕事で、私はデザイナーたちが生み出そうとしている女性のイメージをとらえる瞬間があるんだ。そうやって、完璧なものは出来るのさ。つまり、他人が私の作品見るのだから、私は本当の意味で完璧なものと出会うことはない仕事に取り組んでいる。だから実に面白いんだ。自分自身では完璧なものをジャッジするのは難しいよ。


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あなたはペルーのリマに生まれ、性がタブーとされるカトリックの教育を受けました。そのことは、あなたの後の人生にどんな影響を与えましたか?

ーおそらく、そこに今「性」というものに異常に惹きつけられる理由、私の写真の中で性が重要なパートである理由があると思う。若い頃は聖職者になろうかと考えていたけれど、「君は生きることが大好きだから、何か他のことをした方がいい!」って言われたんだ。こんな罪人になってしまって残念だよ!笑


あなたの写真に共通する性的な要素が90歳を越えるお母様の保守的な価値観と衝突したことはありませんでしたか?

ーあぁ、母はそういう点ではすごく理解があるんだよ。ありのままの人間を受け入れるし、すぐにその人たちに順応できるからね。母は自分が信じているものは彼女のものであり、私が信じているものは私のものであると思っている。結局、それが全ての秘訣じゃないかい?どれくらい他者をやりたいようにやらせる準備、自分自身も自分らしくいることを許してあげる準備ができているかい?「あなたを自由にしたら、私のことも自由にして」っていうのはわがままでもある。それはおそらく私たちみんなが共通して持っているものだ。自分自身の自由を守るために作る自由にしか過ぎないよ。


若い頃のあなたと今のあなたはどのように違いますか?

ーそんなに変わっていないよ。たぶん自分の可能性により気がつけるようになった。面白いことに、最近、手に入れたいもののほとんどは手に入れることができるんだと分かった。行動が全てさ。人生が運んでくれるものの可能性に気がついた訳だけれど、それを見つけるには時間もかかる。自分自身と心で考えていることは同じものさ。


あなたはどんなお子さんでしたか?

ー色んな面を持った子どもだったよ。真面目な学生で、クラスで一番か二番の成績だった。同時にすごく好奇心が強くて、自由な子どもだった。制限された社会や教育、家族、友人の中で生きている周りの人に比べたら、自由だったよ。自分らしくあるためには勇気を持たなければならない、実に多く、異なる人々によって、全ての決断はジャッジされるんだということにペルーで気がついたんだ。個性的な人間だった。他の人とは違う服を着ていたし、旅もした。それが自分を表現する方法だったのさ。


自分を表現する方法を教えてくれた人がいたのですか?

ー必要としていたよ。自分自身を表現するということはコントロールできるものじゃなかった。周りからどうやってやるのかと聞かれても、それはコントロールできるようなものではない。自分らしくあるだけさ。変えられるものではないんだよ。強いものだからね。

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あなたは今の自分が何者か理解できていますか?

ーいや。私たちは常に変化している。歳が変われば、願望も変わる。こうしてる今だって、私は人生の特定の変化の中にいるんだ。過去に興味があったものが今では何でもない。私は変わっているんだ。人に限らず、人生だって常に変化していると思うよ。何者でもないのさ。「私は何者にもなりたくはない。何者にもなれるように。」こんな言葉があるんだ。人はいつも自分が何者か決めたがるけれど、それを決めてしまったらその「何者か」になってしまうんだ。私はその時々で何者でもありたい。


あなたの写真には共通したテーマがあるのでしょうか?

ーもちろん。確かな方法を持って写真をやらなければ、それは「マリオ・テスティーノの写真」ではなくなる。「マリオ・テスティーノ」であることが全てだと気づいたんだ。それは私が感じているものの全てで、いつも私らしく終わるんだ。何をしていてもね。静かでも、うるさくても、明るくても、暗くても、全て「マリオ・テスティーノ」なんだ。撮影の最初から最後まで写真に付きっ切りさ。休日なんてあったもんじゃないね...


撮影をしていて辛いときはどんなときですか?

ールックを正しく捕えないといけないから、撮影の初日はいつも過酷だよ。あとはどれだけ準備をしているかだ。私の仕事は50%が計画、20%が撮影、30%が撮影後だ。

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画像をポストプロダクションで調整して本物を変えるのはフェアだと思いますか?

ーそんなに使わないよ。少しだけだ。でも結局は私のリアリティ。それもマリオの世界さ。


あなたは常日頃から美に関わっていますね。そのことはナルシシズムに自然と導くのでしょうか?

ー「君は自分の話しかしないね」って言う友人もいるよ。しかし面白いことに、私の家はアートで覆われているけれど自分のものは一切ないし、仕事のときに考えるのはクライアントが求めるものだけさ。だからそうは思わないけど、本当はそうなのかもしれない。つまり、美は友達なのさ。笑


あなたはファッションフォトグラファーの中でも他の産業にもよく知られた数少ない存在のお一人ですが、意図してそうなられたのですか?

ー向こうからやってきたという感じかな。私の全人生は向こうから私のところに来たし、物事は計画せずとも起きた。ダイアナ妃を撮りたいと頼んだことなんてなかったけど、それは私が望まなかったほどに私を有名にした。マドンナだって撮りたいと頼んだことはなかったけど、それは私を別のレベルまで押し上げた。注目を浴びる場所に私を連れて行ってくれるものがあっただけさ。私のキャリアの中でそれは利益をもたらしてくれるものだった。でも、こうなるように計画したわけでは全くないんだよ。

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やはり有名な人というのは普通の人よりも興味深いものですか?

ーコンテンツの問題だと思うよ。私たちは皆、中身に魅了されるだろう?誰かが映画を作ったり曲を作ったりしたら、私たちはそういう人生経験を自動的に普段の仕事に繋げる。だからそういう視点から見れば、素晴らしいものを生み出す人は何も生み出さない普通の人よりもエキサイティングだよね。でも、私は見出すことが好きだし、有名じゃないところから有名になっていく人も好きなんだ。有名じゃない人に興味を抱かなければその人たちはいつまでも有名にはなれない。だから、誰にだって私にとっては興味深い存在になれるんだよ。


その通りですね。あなたは無名のモデルたちを世に出てきたことで知られていますし、人びとはスーパーモデルの時代はあなたが終わらせたとさえ言います。

ースーパーモデルの時代を終わらせて、新しいものを生み出したのさ。90年代も終わりの頃、私は普通のモデルに飽き飽きしていた。だからフレッシュなルックで強い印象を与えてくれる新しい世代を見出したんだ。ジゼル・ブンチェンやケイト・モスといったモデルと今でも仕事はしているが、同時に興味深い新しい人材も探している。人生は発見だし、探究することをやめてはならない。人生がもたらしてくれるものを楽しんでいるよ。


アートと商業は共存しえますか?

ーああ、もちろんさ。私の作品を見れば分かるよ。


あなたは時にアートに商業性を置くことで批判されてきましたね。

ー私がアーティストとしてビジネスを積み上げてきたことに対して不満を言う人もいる。しかし、それはもう何年も前に決めたことなんだよ。私の撮影の多くは製品を売るという目的があるし、そのために戦略を練ることに面白みを感じている。アートはこの戦略というものを美しく見せることがよくあるんだよ。周りは私がしていることを正しいと思っているからそっとしておいてくれるし、やりたいことをやらせてくれる。私は自分の世界でとてもクリエイティブでいられるんだ。

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クリエイティブであるために快適帯から出ることはどれくらいありますか?

ーいつもさ。変わり目のことだよね。すぐに物事がリアリティに近づけるように、こうしている今も快適帯から出て、新しい場所で探し始めないといけない。時間は限られているからね。


ニューヨークのQueen Sofía Spanish Instituteで11月にオープンするエキシビション、Alta Modaは鮮やかな伝統衣装を身に纏ったペルー人を記録した、いつもの作品からは大胆に逸脱したものですね。快適帯から抜け出す必要があったということでしょうか?

ーその通りさ。基本的に私は華やかな作品で知られている。ルーツをたどることは、ある意味、華やかさというものが本来どこから来るものかを見ることだ。今の自分であるために、自分の教養はどこから得たものなのかを見ているようなものさ。ペルーの高地に住む彼らは皆、服の着方が素晴らしい。早い時期からそういうものに接して来たことが、私にファッションに対しての興味を抱かせたのだろう。多くの異なる着方があるファッションというものにね。今と過去を同居させているようなものかもしれない。


しばらく写真を撮っていないと寂しくなるものですか?

ーうーん、その気持ちがよく分からないんだ。なぜなら毎日写真を撮っているからね。たとえオフの日であっても。写真は自分の一部だと思っている。歌うことが好きな人なら、シャワーを浴びているときだって歌い続けるのさ。


写真を追求して来て、写真を理解するのに必要不可欠なものって何だと思いますか?

ー写真を撮ることは、どれだけ光があるかということではないんだ。美を察知し、何も必要としないものに目を向けることだ。つまり、正しいものを見つけるということさ。


いつか仕事を辞めて、全てを置いてリマに戻ることは想像できますか?

ー今もリマを楽しんでいるよ。世間から離れられる場所なんだ。だけど、写真家を辞めることができるのかは分からない。写真を撮ることと写真のある人生は、私の大部分を占めているんだ。精神的な償いに達したら、変化などもう必要ないと思う。幸せの最終的なレベルというのは、ただ君らしくあることだろう。そういうことであれば、私はまだ自分らしくあることを探し求めているのさ。

Translated by Hirame