いろんな食事や行ったことのない店にチャレンジしようと思うのは、自分があまり食にこだわらない性格をしているせいだと気が付いた。
いつも一緒に昼飯を食べている同僚はこの点に関しては極めて保守的で、ラーメンに入っている海苔の食べ方がわからないから嫌いだとか、食べ方や味に(僕からすると)妙にこだわる。
適当に食べればいいじゃん。ときどきその感覚の違いを話題にして遊ぶ。

一方で、

その同僚は「キムチをラーメンのスープでじゃぶじゃぶ洗って食べるのがうまい」などと言う。
僕にはこんなことを言える神経が信じられない。
一回ならともかく何度も繰り返し同じことを言うのでちょっとイライラした。

同僚が言っているような食べ方を僕もする。食べ方や味はどうでもいい。
白菜キムチをラーメンのスープにくぐらせ、ついている唐辛子などを落として食べるという行為に対して、「洗う」という表現を使っていることが僕は不快なのだ。

割と普通に使われる一般的な表現であることはわかっているし、そんな言い方はやめるべきだと主張する気はない。
ただ不快な表現だと思うだけ。
嫌いな理由は完全に感覚的なもので、その不快感の理由は自分でもよくわからない。

単に「料理を洗う」と言ったとき、食器を後片付けするようなイメージが思い浮かんでしまう。僕にとって食事と食後の後片付けは別物になるので、ごっちゃにされたくない。
改めて考えて書いてみるとほとんど宗教的ともいえる理由だが、出来上がった料理を洗剤で洗って食べるってイメージが浮かぶと嫌じゃない?

 

同様に、
何か食べて空腹がおさまる状態をさして「腹がくちくなる」という言い方。

ラーメンのスープが煮干しダシだったときに「ニボ」と省略して表現すること。

不快だ。


僕にとって。

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自分史上、他人にとって意味がないことを書いたTOP3に入るかもしれない。