先日、家具を見に行った。
ショールームも観に行った。
家を建てるのだ。
父母私弟4人の家を、母方の祖父母の家の隣に建てる。
契約も交わした。
祖父母の家でみんなで図面を囲み、間取りも決めた。
早ければ来月には着工できるそうだ。
狭いながらも6畳の自室を私にも弟にも作ってくれるそうで、
この歳にして初めて自室が持てる。
長年の夢だった、「友人を自宅に呼ぶ」ことができる。
今まで電車で1時間はかかった祖父母のそばにもいてやれるし、
何をしようか、何をしてもいいだろう、
やりたいことは山のようにある。
家ができたらああしよう、こうしてやろうと、ドーナツを齧りながら糖尿病の祖父は私に話した。
江戸訛りで誰にでも軽口を叩くので、建築士の人は少し困っていた。
その3日後祖父が入院した。
足を引きずるように歩いていたのを見て、母が「何かおかしい」と思い、
脅かすかのように病院に行くよう提言した。
その物言いに、接骨だと思いこんでた祖父も病院に行くことを決めたらしい。
即日で入院し、1日目はよたよたとでも歩けていたのに、
2日目にはそれも困難になった。
日を追うごとに悪くなり、1週間たって私が見舞いに行った時には、
目も片目しか開かず、口もろくに回らない状態になっていた。
飲食物も水しか口にできないようだ。
右腕には手甲のように内出血が黒く浮き出て、
それでも頭はしっかりしているから、
手をこちらに振って「腐乱死体~~~」などとおちゃらけていた。
相変わらず頭の回転は速く、回らない口で人のことをからかうのだ。
癌だった。
骨に癌が転移し、その為に下半身や背中が痛く、足を動かせなくなっていたのだった。
私と笑っていたその日も、祖父は痛みを我慢していた。
医者には覚悟をしてください、と言われた。
病室を出て、エレベーターで母と泣いた。
弟も泣いたらしい。
つい先日まで、あんなに動き回っていたのに、
あんなに食い意地が張っていたのに、
それがたった数日でできなくなるなんて。
誰も覚悟なんてできるわけがなかった。
やるせなかった。
つい先日描いたばかりの青写真が全てかなわないなんて。
悲しくて辛くて、でも母は私より辛いだろうから誰にも言えなくて、
何も手につかなくなった。
それが先日、
病室に行ったらけろっとしていて、
起き上がってご飯を食べていた。
心電図計も血圧をあげる薬もない。
見舞にいくにつれ、今度はどんどん元気になった。
薬を弱めてもらい、食事を自身でしたのが回復のきっかけのようだ。
点滴もなくなり、今では病院食では足りないからと、家から料理を祖母が届ける始末。
手甲のようだった内出血も跡形もなく完治した。
相変わらずよく回る頭のようで、良く回る口で祖母や私に文句を言ってくる。
私も母も弟も父も祖母も叔父も、笑った。
ただ長くは持たないらしい。
持って2か月だとか。
足の感覚も無くなってしまったようだ。
やはり祖父との共同生活の夢は潰えてしまったことに変わりはない。
それでも少し救われた。
まだ残された時間があるというだけで、気持ちの整理もつくし、
したいことをしてあげられる。
いつかはこうなる日が来るのはわかっていたけれど、
それでも嫌だ。悲しい。今でもすごく悲しい。
会えば楽しくて、もう泣くことなんて忘れてしまうけど、
残された時間があと少しなんて信じたくない。
今日から新学期。
合間を縫って、会って、話して、
他のことも精一杯頑張る。