10月31日に行われた五団体の稽古会。

私は開始15分前に到着したのだが、象士館の子供たちは準備運動も済まして整列して座っていた。お~~~~~感心。

前回の五団体の稽古会では、てんでんばらばらに集合したためか準備運動もできない有様だった。

そのことをある稽古の日に私は話したのだが、その話のせいかどうだか、今回は、どこかに集合してまとまって会場に赴いたらしい。結局、親の工夫だったのだろう。

でも、この工夫、子供たちはちゃんと見ていると思う。

物事について準備万端で滞りなく行うということを、親が子供に教えたことになるのではないだろうか?


子供がお金を拾った。小額だった。子供がその事を親に話したら・・・・「たいした額じゃないから、もらっとき」と親が言ったとする。これは間違った親の子供に対する教育だと思う。子供にはお金の概念が、あまりない。

将来、大金を拾ったとき、着服するような結果になるのではないだろうか?

お金を拾うことだけでなく、その他のことについても悪事につながる結果になるかもしれない。

お金を拾ったら、額にかかわり無く、警察に届ける。これが基本だと思う。

親は子供に人生の基本を教えなければならないのではないかと思う。


私も小学生のとき、財布を拾ったことがある。1113円が入っていた。

親に言ったら、警察に届けなさいと言った。

数ヶ月して落とし主が見つからなかった。

そこで、「恵まれない人のために使ってください」と言って寄付しろと親が言った。

私は親の言うとおりにした。

その結果、市の新聞に「小学生が拾ったお金を恵まれない人のために寄付」という題名で私の記事が掲載された。


私にとっては、忘れられない思い出になっている。


恒例の五団体の稽古会が、倉敷の大高小学校で行われた。毎回、五団体と言わず、多くの団体が参加していたが、今回は、他の行事と重なって7団体にとどまった。今回の当番の大高剣道の先生による詳細な「木刀による剣道基本技稽古法」の指導、各団体の練習稽古と進み、子供たちの代表者による正式なルールに基づく模範試合が行われた。この試合、私が主審を勤めさせていただいた。

「試合を盛り上げるも、下げるも審判次第」使命感を抱いて審判を行った。

自分で思うに何とか、充実した試合内容だったと思う。

あの凛とした雰囲気を剣道を始めたばかりの子供たちが感じてくれたら、これにこしたことはない。

その後は、指導者による子供たちへの引き立て稽古、そして、指導者同士の合同稽古で終わった。

すべての試合において象士館の子供たちは、私が見た範囲では、なかなか良い試合をしていたようだ。

中学校のNさん(女子)は、今までにない試合をしていた。

これを機会に、彼女の剣道の花も開くかもしれない、そんな予感を抱かせてくれた内容だった。

剣道が全てではないが、剣道での成功体験が、子供たちのこれからの人生に良い影響を与えていくことも多々あると思う。勉強にしろ、日常生活にしろ、色々な形で、困難に遭遇する。そのとき、剣道での成功体験が良い方向に向かせてくれることもあるというものだ。

日々の苦しい稽古をこなしていくうちに、努力するれば、報われるという感覚も持つことができる。

努力すれば、すべて報われるというものでもないけれど、努力しなければ、報われないという気持ちを持つことができると思う。

 「地道にこつこつ努力して生きていく」人生の基本だ。

応用は、その子供たちが、それぞれの人生の中で習得していけばよい。