今日はPVの撮影をした後、
母校である某芸術学部の卒業制作展に行った。
有り体に言うと、別に後輩たちの作品が見たくて行ったわけではなく、
遠くに引っ越した同輩の学友に誘われて、
PV撮影のついでにだったらと思って行っただけ。
で、その後輩たちの卒展だけど、
正直そんなに自分の目から見て凄い作品なんてありませんでした。
それは自分の卒展の時も含めてです。
正直大学生の作品なんで、おれの当時の作品も稚拙で馬鹿げた作品で、
ぶっちゃけ、誰もおれの作品になんて興味ないだろうと
「今だから」思うわけです。
でも、その中にいくつか心に残る作品がありました。
その中でも、少し知り合いのとある後輩H君の作品はすごかった。
正直に言うと(よくあることなんですが)妬みの感情が湧くほど
素晴らしい作品でした。
当時の自分には絶対に作れない作品なんじゃないかと思いました。
当時の自分を振り返ると、その頃のおれは学生として頑張るよりも、
社会人になった後に活躍したいという気持ちの方が強かったので、
学校での作品作りにかなり妥協をしていたところがありました。
その分、学外での活動にかなり重点を置き、おかけで個人事業主としても
ある程度の成功を収めているとは思います。
ですが他方で、学生としての生活を少々妥協して過ごしてしまったことに
後悔の念がないと言えば嘘になる。
その後、後輩H君の描いたフェイスブックの記事を見ると、
凄く一年間粘り強く努力した旨が書いてあり、
あの凄い作品は、妥協せず、全力を尽くしたから出来上がった作品なのだと改めて思い知ったわけです。
今、自分はベンチャー企業にいるので、さまざまなクリエイティブなスキルを身につけています。
そこは会社の代表からも褒められており、ベンチャー企業の立場からは大きなメリットなのでしょう。
ですが、個人的には器用貧乏に陥っているとも感じています。
後輩H君だけでなく、現在活躍しているクリエイターは、いくつものスキルで秀でているのではなく、
たとえ欠陥があったとしても、自分だけの一つの道を歩んでいるのでしょう。
そうした意味では、自分は全く何もできていないのではないかと感じています。
ですが、自分にはまだ、彼らの様に「これだ!」と確信できる道がありません。
集中力も粘り強さもなく、手先の器用さだけでなんとかごまかして、
クリエイターぶっているだけです。
それについては今日の卒展を見たから思うのではなく、
前々から感じていた問題です。
「これだ!」と確信できる道がないんです。
いや、もしかしたらあるにはあるのですが、その道を歩んで失敗するのが怖くて、
踏み出せないだけなのかもしれません。
多分、現実には後者です。
社会人になり、一歩間違えれば何もかも失ってしまうという恐怖を
骨身に感じたから、怯んで及び腰になっているのでしょう。
しがらみが増えたから、学生の時の様になりふり構わず突き進むことができなくなり、
結果として、自分の道を見失ったと思い込んで、
自分自身に嘘をついているのだと思います。
こんな気分なんで、後輩に対して馬鹿げた嫉妬心を抱いても当然でしょう。
もちろん作品も素晴らしいですが、
一つ秀でた何かを持っている事に対して妬みを抱いているのかもしれません。
話が堂々巡りになってしまうのでもうやめますが、
ちゃんと自分の道を探さないと、
おれはクリエイターとして今後立ち行かなくなっていくでしょう。
社会でクリエイターとして頑張りたいと感じるが、
社会人になったがゆえに頑張りにくくなってしまっている
もどかしさを感じています。
