面白いことに気がついたので、シェアします。

①与える=あたえる=あたえーる=与え、得る。

そういえば、これまで
人に何かを与えた時、それによって必ず何かを得てきた(実感)。

さらに、

②与える=あたえる=あてえる=当て、得る。
(ボールを壁に当てて跳ね返ってきてたものを得るイメージ)

与えたまさにその瞬間に得る。

そういえば、
真剣に相手に与えた時、何の見返りがなくても、自然と自分の心が温かくなったり、体の中にエネルギーが満たされた感覚を感じた(実感)。

物でも何でも与える事で、エネルギーの形に変換されて得るということか。

このエネルギーに満たされた感じ、
これこそ最大の見返りなのかもしれない。

この世には、与えっぱなしということはない。
 

 

 

たとえば、他人の行動をみてイライラすることがあると思います。

 

しかし、そのとき他の人も同じようにイライラするかというと必ずしもそうではありません。

 

単に他人への許容量の問題でしょうか?

忍耐力の問題でしょうか?

 

必ずしもそうではありません。

実は自分の内面に関係していることが多いです。

 

まずは、自分の内面を見ることについて考えてみたいと思います。

 

一般に自分の内面を見ることは難しいものです。

意識的に見ようとすると様々な感情が沸き起こり

客観的にはなれないからです。

 

しかし、実は私達は日々、「他人という鏡」を使って自分の内面を見ています。(好むと好まざるとにかかわらず、なかば強制的に)

 

世の中は本当によく出来ていると思います。

 

でも、意外と多くの人はそのことに気づいていないように思います。

 

少し考えればわかることですが、

人は‘自分の中にないもの’を見ることは出来ないからです。

 

自分が知識として持っていないもの、興味関心のないものは周囲にあっても見えません。

つまり、見えているものはすべて自分の中にあるということです。

 

あなたは子供の頃見たアニメやドラマを大人になってから見たことはありませんか?

 

その時、昔見えなかったものに初めて気づいて、ハッとしたかもしれません。

大人になるまでの間に、自分の中に新しい経験が増え、それによって昔は見えなかったものが見えるようになったからです。

 

 

更にいうと、私達の認識には記憶がとても大きく影響しています。

目から入った視覚入力をもとに、過去の記憶を呼び出し再合成して認識しています。

ですので、記憶にない事自体、認識しようがありません。

 

自分の欠点や長所を含む興味関心が強いものほど、繰り返し思い出し記憶に強く定着するので、それに関するものが視覚に入ってくると即、認識し反応してしまいます。

 

一方、自分に関係ないもの、興味のないものは記憶に定着しにくく、視覚に入っても認識しにくくなります。

 

こうして、私達は、日々、「他人という鏡」に写った自分の内面を見ているのです。

 

目の前の人が変わっても鏡が変わるだけです。

それに映って見えるものは何も変わりません。

自分が変わらない限り。

 

誰かの行動を見て感情が動く時は、

自分の内面にある何かを見て反応しているということです。

 

そこには自分自身を改善する貴重なヒントが隠れているはずです。

 

 

今回は、生きづらさへの対応方法について考えてみたいと思います。

 

その原因には様々なものがありますが、中でも大きな割合を占めるものに、自己肯定感が関係しているものがあります。

 

今回は、これについて順を追ってお伝えします。

 

1【生きづらさと自己肯定感の関係】

自己肯定感とはありのままの自分の価値や存在意義を肯定できる感情のことで、自尊心と近い感情です。

 

生きづらさを感じている人は、この自己肯定感が低いことが多いです。

そして、周りの人も自分を正しく評価してくれていない、わかってもらえないと感じることが多いです。

 

ありのままの自分を受け入れることができず、自分の欠点に常に意識が向かい、この改善に異常なほどに努力し消耗することがあります。

また、周りから理解されないことで被害的になり周囲と良好な関係が築けず疲弊することもあります。

 

ひどい場合にはエネルギーを使い果たしうつ病になってしまうこともあります。

 

他人からの評価に敏感で、自分の欠点を改善しようと努力すること自体、その人の成長につながるので本来は良いことです。

 

しかし、頑張ってもなかなか目標が達成しない時、目標の変更を適切に行えずどこまでも固執してしまうこと、一定の改善がみられてもそれに対し満足せず、さらに頑張り続けるということを繰り返してしまうところに問題があります。

 

つまりは自己肯定感の低い状態が続くことで、どこまでも今の自分に満足できない思考パターンになっていることが問題だと思います。

 

 

2【代々続く親子の連鎖】

①子供はもともと自己肯定感が高い。

生まれたての子供は本来、自分の能力に疑問を持つことはありません。

 

時期が来ると、歩いている大人を見て自分も歩けると100%信じ(少なくとも、できるかどうか悩むことはありません)、歩けるようになるまで、何度でもチャレンジします。

 

自分ができないなどとは夢にも思いません。

高い自己肯定感をもっていることは明らかです。

 

②子供の自己肯定感はその後どうなるか?

しかし、その後、自己肯定感の低い親に育てられた場合、

子供は自己肯定感を高く保てるでしょうか?

 

最初から何でもうまくできる子供はいません。

 

子供が何かうまくできない時、自己肯定感の低い親はそこに幼少時の自分をみて(重ね合わせ)、「このままじゃいけない!」、と不安になり、何かしらのアドバイスをするでしょう。

 

しかも、親は不安が強いことから、感情的になり冷静さを失うこともあるでしょう。

 

子供本来の成長スピードを考慮せず、焦って完璧さを求めることもあるでしょう。(自分に求めるのと同じように)。

 

こうして、子供にとっては「非常に厳しい試験官にダメ出しされる」ような日々が続くことになります。

 

このような状態において、子供はありのままの自分の価値を信じ肯定し続けることはできるでしょうか?

 

それは極めて困難であり、おそらく自己肯定感を高く保つことはできないと思います。

 

やがて、その子が大人になり子供の親になった時どうなるでしょうか?

 

きっと、同じような対応をしてしまい子供の自己肯定感を下げてしまうでしょう。

 

こうして代々に渡る自己肯定感を下げる連鎖が完成します。

 

ここで大事なのは、子供のために良かれと思ってやってしまうため、ごく自然になされてしまうということです。

 

そのため、この連鎖は、一度どこかで断ち切られない限り、ほぼ永遠に続くと思われます。

 

(もし、この連鎖をどこかで断ち切ることができて、自己肯定感が高い状態を得ることができれば、おそらく、以後、自己肯定感が高い状態も代々連鎖すると思います。)

 

 

③自己肯定感以外に連鎖するもの

実は連鎖するものは自己肯定感だけではありません。

 

これに関連するものとして、考え方全般、信念なども、実は持って生まれたものでもなんでもなく、単に親の考えに長年接した結果にすぎないとしたら、どう思いますか?

 

さらにいうと、「〇〇してはいけない」例えば、「迷惑をかけてはいけない」、「目立ってはいけない」、「人と違うことをしてはいけない」、という、私達の行動を制限する考え方は、実は、単に親や先生の口癖が影響しただけだったとしたら、どう思いますか?

 

 

これら全ては、当時は良かれと思って周囲の親や大人がやっていたことが繰り返されることで、その言葉だけが私達の記憶に残り、考えや行動を制限していることがとても多いと思います。

 

 

3【気づくことの大切さ】

今、当たり前と思っているものは、実は幼少時からの周囲の影響を受けて後天的に出来上がった可能性があるということです(おそらくその確率はかなり高いと思います)。

 

だとすれば、これから新しく変えることも可能だとは思いませんか?

 

大事なのは気づくことです。

 

何らかの考えが浮かんだ時、「あれっ、ちょっと待てよ!」と。

「今、ここで浮かんできた考えは、自分以外の誰かの影響を受けたものかもしれない」と。

 

もし、このことに気づかなければ、その後も、ずっとほぼ自動的にロボットのように同じ考えをもち、そして同じ行動を取り続けるでしょう。

 

しかし、そこで気づくことができれば、自動的に生まれる考えに支配される前に、少しだけ時間が生まれ自分が選択するチャンスが生まれます。

 

ここで、少しずつ少しずつ新しい変化を取り入れることで、理想の状態を手に入れることができると考えます。

 

(ここで、人間のもつ2つの性質、すなわち、

1.大きな変化には抵抗するが小さい変化は受け入れる。

2.繰り返すことでかなりのことに慣れてしまう。

という性質を利用します。)

 

 

4【新しい選択】

①まずは、「実は、自分はそのままでも素晴らしいかもしれない」と思ってみることです。

 

人間は(中途半端に)大脳が進化したためすべての物事に余計な意味づけをしてしまうため、人間を対象として客観的な評価をすることが難しくなっています。

 

そこで、まずは、人間以外のものを考えてみたいと思います。

 

人間以外の生物、自然を見た時、これほど完璧なものは他にないと思いませんか?

 

だとしたら、人間もこれらの一部なので完璧なはずと考えることは当然の帰結です。

 

つまりは自分も他人もそのままですべて完璧だということです。

なぜなら、他の自然、生物同様、全て万能の創造主が作ったのですから。

 

この世に、それを否定できる人なんているのでしょうか?

(心のそこから、そうだ!と思えることができれば理想的です。)

 

(もし、「それでも自分は素晴らしいと思うのはちょっと‥。」と

違和感を感じる方は、拙著「手放すためのストーリー」の中に、人間の素晴らしさを実感できる具体的な説明がありますので参考にしてみて下さい。)

 

②その上で、どんな些細なことでも前進が見られたら、「自分って、すごい!」と褒めてあげましょう。

 

これは不思議ですが、自分は素晴らしいかもしれないと思うように意識すると、自然と自分の素晴らしい所が目につくようになります。

 

こうして、とにかく自分を肯定する練習を毎日することです。

 

③マイナスな出来事に対しては、あまりフォーカスしないことです。

これをプラスにとらえよう(ポジティブシンキングなど)とか、見ないようにと意識するとかえって気になってしまうものです。(それができればベストですが、はじめのうちは難しいことが多いので)

 

具体的には、うまく行かない時に、予め決めておいた言葉(フレーズ)を反射的に言って流す(意識も行動もそこに留めず、次へ進める)という練習が良いと思います。

 

例えば、「なんとかなるさー」、「まっ、いっか!」、「あー、ためになったー!」「これから、これから」、「OK,OK!」など自分にとって言いやすければ何でも良いと思います。

 

そして、とにかく目先のことに集中しましょう。

 

反省して何かを学ぶ必要がある時は、その後、時間をとって振り返り、あとは忘れてしまいましょう。(具体的には、思い出しそうになったら、先程のフレーズを唱え、今すべき行動に集中します。)

 

 

5【他者との人間関係】

①鏡に映った自分が現れる時に

自己肯定感に意識が向かい、自分を肯定しようと考え、行動していると起こることがあります。

 

それは、自己肯定感が低いために生きづらくなっている人がよく見えるようになることです。

 

まるで鏡に映った自分を見ているような感じです。

その人の感じていることがよくわかるようになります。

 

みんな自分で自分のことを認めることができず、周りから認めてもらいたいと思っています。共感し、肯定してあげましょう。(自分に接するのと同じように)

 

これがうまくできるようになると自分を肯定する力もさらに高まります(脳が良いところを見つける能力を高めるからです)。

 

★ここでやってしまいがちな注意点を一つ書きます。

 

それは自分の考えを相手に(一方的に)伝えてしまうことです。

 

これは相手をコントロールすることになりますので、できれば避けましょう。

これは、相手に対し、そのままではダメだというメッセージを伝えること(ダメ出し)で、相手を否定することになってしまいます。

 

こうした対応により、脳はマイナスにフォーカスする力を強めてしまいますので、自分のマイナスにもフォーカスしやすくなり、結局は自分を否定する傾向まで強めてしまいます。

(→相手はコントロールせず、肯定する)

 

 

②イライラさせる相手が現れた時に

また、時にイライラさせる相手が現れることがありますが、これは自分の低い自己肯定感による思い込み(劣等感、〇〇しないとダメ)を教えてくれています。

 

自分がその思い込みによって制限していることを楽にこなせている人への嫉妬がイライラの原因です。

 

(イライラする感情によって、自分のクリアすべき問題が現れたことを伝えてくれています。)

 

そうした時こそ、意識的に相手の立場になって共感し、肯定するように試みましょう。

 

 

つまりは、人間関係におけるすべての問題は、実は自分を肯定していくために必要な練習問題ととらえることができるかもしれません。

 

 

日々、自分の素晴らしさを信じ、機会をみて自分を褒めつつ、人間関係をこのようにとらえ練習を続けることで、あなたの自己肯定感は確実に高まることでしょう。

 

やがては周りの誰もが認めてくれなくても、無条件に自分を肯定できる自分になっているでしょう。

 

これほど自信に満ち溢れ、幸せな状態は他にあるでしょうか?

 

 

まずは、できるところから少しずつチャレンジしてみませんか?