25日、26日所用で長野市へ行きました。時間に余裕があったので60年ぐらい前に通った学校、しばらく働いた勤務地などを訪ねました。
昭和30年ごろ私が通った学校、当時は木造の二階建てでした。本やノートを風呂敷に包んで小脇に抱え、下駄ばきで登校する学生も珍しくありませんでした。




学校の前には煉瓦造りの古びた教会がありました。最近になって信濃毎日新聞社が出版した「浪漫あふれる信州の洋館」と言う本にその教会が紹介され、この教会は明治31年に建てられた歴史ある教会だと知りました。昔はもっと周囲の庭が狭かったように思いました。




学校を卒業した私は長野駅と善光寺を結ぶ中央通りの中頃にあった後町小学校に勤務しました。当時小学4年と5年がちょうど団塊の人たち、後町小学校の生徒数は1000人を少し超すぐらいで、ラジオ体操で全校生徒が校庭に並ぶと窮屈に感じました。
けれどもその後の少子化や都市部のドーナツ化現象で生徒数は減り続け、3年前にはついに新入生0、生徒数33名となり閉校となりました。山間部の学校が生徒数の減少で閉校したという話は聞きますが、県庁所在地の街中の学校が生徒数の減少で閉校とは珍しいと思います。
学校の後は更地になり校庭の立木はまだ残っていました。いずれ何かが建つのでしょうが。






中央通りのバス停で、通りは割合閑散としているように思えました。

