

離婚して息子と二人長崎に帰ってきた著者は、夫に死なれた後徐々に呆けてきた母親と暮らしますが、母親の認知症が進んで、結局母親をグループホームに預けます。著者は母親をたびたび見舞いますが、母親の方は「あんたは誰?」みたいな状態になる時があります。そんな時彼は帽子をとって禿げ頭を見せる、母親は息子だとわかって安心するそんな場面があります。
ペコロスは玉ねぎだそうで禿げ頭がたまねぎに見えるのでしょう。禿げ頭を見せても母親がまだ自分を認識できなくなった時、彼がひそかに涙を流す場面、胸に迫るものがあります。
そうかと思うと「昨日はお父ちゃんが会いに来た」とか「○○が会いに来たよ」ととっくに死んだ人に会ったことを嬉しそうに告げる母親、彼は「呆けるのも悪くないなあ」と思ったりします。
こういう映画を見るとき、私は登場人物のうちの誰かに自分を重ね合わせる時がよくあります。この映画ではやはり年齢の近い母親に自分を重ねました。認知症になってずっと昔に死んだり別れたりした人に会ったと思っている自分、意外に幸せな気分かもしれないと思いました。
今、介護の苦労に直面しているのは団塊の世代の人たちでしょうか、映画の初めの方では認知症の親に振り回される場面もあります。この映画は多くの人の共感を得ることでしょう。呆ける本人は意外と幸せみたいなことを書きましたが、やはり周囲に負担をかけないように人生を終わらせたいと切実に願います。