『一源三流』
『一源三流』大和魂の源流なのです❣「一源三流」とは一源は「誠の心を貫く❣」三流は友のために「涙」を流し家のために「汗」を流し国のために「血」を流す宮司は今の日本人のほとんどの人が忘れてしまった言霊(ことだま)をふと思い出しています。人間は「金持ちか」「学歴があるか」「容姿端麗であるか」で計るのでなく「一源三流」があるかどうか?で人の値打ちが決まります。何だか、このまま「死語」になりそうでもったいないので今日の一言として遺したいと念じる。素心宮司の「人生観」には「一源三流(いちげん さんりゅう)」なのです。警察官である前に「人間」でありたい宮司である前に「人間」でありたい日本国民として「祖国日本」を愛したい。自分だけのために「生まれて死にたくはなかった!」人のため社会のため国家のために「汗を流し涙をながし血を流したい」といつも念じて生きてきた。「一源三流」は汗を流し涙を流し血を流すことなのです言葉は簡単でも行動はむつかしいのです。『一源三流』(いちげんさんりゅう)とは・・幕末の剣豪、無刀流の創始者である山岡鉄舟先生の唱えられた言葉だとも伝えられています。一つの源は、誠の心である。その誠の心から三つの流れがほとばしる。●国のために血を流し(国家存亡の危機には、身を捨てて命を惜しまず血を流す覚悟で事にあたる)●家のために汗を流し(先祖を大切にして、両親・に孝行を尽くし、兄弟姉妹のためには、働いて汗を流し、一心不乱に努力する)●友のために涙を流す(常に友達のために、涙を流せる思いやりと親愛を持つ)鉄舟先生は、文武両道の人として有名です。禅を修行し、書に通じ幕臣として有能な武人であった。王政復古に際しては、官軍の将、西郷隆盛を説き伏せ、勝海舟との会談を成立させ、江戸城を無血開城に導いた。新政府誕生により、初代茨城県知事を勤め、また明治天皇の侍従をも勤めました。『一源三流』 「一源」は誠、誠実である。この誠、誠実を源にして、 一、汗を流す 二、涙を流す 三、血を流す すなわち「三流」である。汗を流すとは勤勉、努力すること、一心不乱に打ち込むことである。涙を流すとは降りかかる困難に耐えて人知れず涙を流す、あるいは達成の喜びに感動の涙を流すこと。血を流すとは命を込める、命をかけることである。<一源三流 について> 「血と汗と涙」を 正しく流せ! この言葉の意味は色々とあり、ある人は「1つの源は、誠の心せある。この誠の心から、3つの流れがほとばしる。その1つは、国家のために血を流す。その2つは、家のために汗を流す。その3つは、友のために涙を流すことです。「国のために貴き血を流せ、己のために清き汗を流せ、人のために美しき涙を流せ」というように解釈しているところもある。また、ある学校では、やはり校訓として「人間は誠が大切で、そのためには勇気血と勤労の汗と親切の涙の3つを流して誠の源をつくり、真の人間形成を図っていこう」と取り上げています。 ある人は、「一源三流とは、正義のために血を流し、自分のために汗を流し、人のために涙を流すことである」と解釈している。すなわち、血は信念を、汗は努力を、涙は感情を表現すると解しています。「国のために血を流すということは封建的なことだという向きがあるかも知れないが、自分の国を護ることは、「国民の第一義」である。一家の繁栄のためには、その家の主人が全身から汗をほとばしらせて営々と働くことである。友と手をとりあって、「共存共栄」のために心を通じ合う。友と相携えて共に世のために仕事をする。そして友人の身を思って涙を流す心があってこそ、一個の人格を持った人間としての、あるべき姿であろう。