ちゃんアベの奮闘記 -7ページ目

ちゃんアベの奮闘記

目標は世界で活躍する事

皆さんこんにちは。 ちゃんアベです。

今回は私の経歴についてお話させていただきます。

英会話を勉強中なので少し英語の混ぜますね。

年齢 I`m ninteen years old now. and i`ll be twenty this year.

出身 i`m from Aomori.




(My history)

私は約20年前に雪国青森県で生まれました。

1人っ子だった事もあり、自由に育ててもらいました。

小学生のころは習い事に明け暮れ、1週間中6日が習い事だった時もありました。

いろいろ習い事をしましたがどれもレベルが高いわけでもなくどんどん自由な時間がほしくなり、6年生になったころはサッカーしか習っていませんでした。




でもサッカーも下手くそでした。

最高成績が市大会で3位になった程度。

そんな中いろいろあり、私は青森山田中学高等学校に入学することになりました。

入学1年目から素晴らしいコーチと出会いました。



挨拶、礼儀、言葉使い、などを徹底的指導を受けて「人として当たり前にする」ことの大事さを学びました。

コーチは1年間しかいませんでしたが、この1年間が6年間で1番きつかったです。

そしてこの1年で人生の基盤をつくることが出来ました。



一方サッカーの方はチームで1番下手くそで、学年7人中私以外の6人が県選抜であり、先輩たちの中には、日本代表や東日本代表が数人いました。

周りのレベルが高すぎ、て毎日サッカーが嫌で嫌でしかたありませんでした。

1年目はメンバー外、2年目ベンチ、3年目で試合に出させていただきましたが、

成績は2つの全国大会に出場しただけで、全国では結果が残せませんでした。




そのまま高校に入学した私は上下関係の厳しさを改めて知ることになります。

1年生は集合時間30分前集合、先輩には100%の挨拶、大人数の部活だからゆえの大量の雑務など、

この1年で生きるメンタルを鍛えられました。



そんな毎日が続き、3年間でTOPチーム登録はインターハイ予選の1回のみでした。

でもこの一回は人生のターニングポイントでした。

初めていただいた背番号21番。

凡人もあきらめず頑張れば結果が出ると知りました。





卒業が近くなり、大学でサッカーをやめスポーツトレーナーの道に進もうと決め、

2012年3月素晴らしい仲間に別れを告げ、雪国から関西に旅立ちました。

2012年前半は寮生活から解放され、普通の大学生らしい生活をしてみたいなと思い生活していましたが、

次第に物足りなさを感じてきて、「本当にこのままでいいのか?」 と強く思い始め2012年後半から少しずつトレーナーのTOPになりたいと思いました。




その後、大学や他の学校等で素晴らしい仲間、先生等に出会い本気で夢を叶えたいと思えました。

青森山田時代には先輩、同期、後輩、その他の部活に日本代表、日本一、世界レベルの人達がいました。

その人たちに肩を並べたい、一緒に戦いたいと思い、その情熱だけで今を生きています。

高い志を持っていれば、必然的に同じ志を待った仲間に出会います。

その出会いに感謝して切磋琢磨していきたいです。




私の夢は世界で活躍する事。

そして実現させる夢です。





今日も読んでいただきありがとうございます。


日々感謝、挑戦、成長     ~ A Life ~