叔父(母の兄)から聞いた話。
地元は埼玉です。

私が生まれる5年くらい前、
私の祖父(母方)にあたる人が
亡くなりました。

叔父が千葉に出向中に、
祖父が危篤となり、千葉の勤め先に
連絡が入ったそうです。

慌てた叔父は着の身着のまま
スバルに飛び乗り、
急いで埼玉の実家に
向かったとのこと。

実家に集まった親族一同、
「叔父は絶対間に合いそうもない」
と思っていたさなか、
叔父は到着したそうです。

そして到着したと同時に
祖父は息を引き取ったそうです。
ぎりぎりで祖父を看取ることができた叔父は
その時のことを振り返り・・・・・

















自分でやった復讐ではありませんが、
身近なところであった復讐ってことで。

7年前に父が亡くなったのですが、
遺産のほとんどが長い時間をかけ
て私にだけ残されていたことです。

適当にフェイクを入れますので、
齟齬があっても勘弁してください。

私の上には2人、つまり私は
3人兄弟の末っ子ってことなんですが。

私は兄弟の中で
あまり母に好かれていなかったというか、
私には厳しいというか、冷たいというか、
まあそんな感じでした。

父はどの子供も分け隔てなく
3人一緒という感じでしたから、
母が亡くなって私にだけ
遺産を残さないことはあったとしても、
父が私にだけほとんどの財産を
生前贈与して遺言書も
私に有利に書いてあるということは
驚きでした。

父は20年ほど前から糖尿病になり
合併症で死ぬ半年ほど前から
入院をしていたのですが、
母は体の調子が悪いと言って
あまり見舞いにも行かず、
上2人も似たような感じでした。

私は会社の最寄り駅の近くに
父の病院があったこともあり、
朝は5分ほど顔を出して、
帰りも残業がない日はよって
顔を見せることにしていました。

父が亡くなった日も、
朝に顔を出していました。
気分がよさそうにしていたので、
まさかその日に亡くなるとは
想像もしていませんでした。

丁度昼の休憩になろうかという頃に
病院から電話がかかってきて、
父が亡くなったことを知りました。

心臓まひで、食事が残っていたので
看護婦さんが配膳に行ったら、
眠るように亡くなっていたそうです。

そこからはよくあるように
葬儀の準備などで、
家族みんながバタバタとしていて、
悲しむ間もない感じでした。

冷たいようですけど、
70を超えていて
持病もあっての入院でしたから、
亡くなった時も家族みんなが
そんな感じでした。

そして葬儀後、
遺産整理をすることになったのですが、
そこからが驚きの連続で、
遺産の総額を調べることになったのですが、
生活口座に300万ほど入っているのみで、
母親が住んでいる土地建物は、
20年ほど前に私に生前贈与されていて、
私が受取人になっている保険が数件、
私名義の通帳が数冊。
あとは金庫に500万ほどの現金と、
生活口座に入っている300万しかなかったのです。

そして父の葬儀にも出席してくださった
父の友人で弁護士をされている方から、
遺言状が作成されていますので、
と連絡があり、
家族4人で弁護士事務所に伺いました。

上記の理由から、残りの家族は
俺が父をだましたと思っていて
空気は非常に悪かったです。

そして、父の遺言状には・・・・


















大学の時の事
4年間JRと地元のワンマン電車と
乗り継いで利用してたんだけど、
とにかく田舎なのでワンマン電車の方は
1時間半に1本位しかない

ある時JRが遅れて、これを逃すと
次は2時間待ちだって時、
一生懸命走ったけど間に合わず、
虚しく目の前を通り過ぎる電車…
でもホームから少し離れた所で急に止まった・・・



















5年前に飼っていた茶トラ猫。

姉が家出同然で出ていってしまって
家の雰囲気が暗かったので、私は家では
できるだけ明るく振舞っていましたが、
本当は、家族に仕事や恋愛の悩みを
相談したりしたかったんです。

でも、そういう雰囲気じゃなかったので、
夜眠るときや、誰もいないときに、
その猫によく相談しながら泣いていました。

相談といっても、猫だから
黙って私を見ているだけだったんですけどね。

その猫は、私のお布団の中が好きで、
毎日夜になると、
ニョロニョロと入ってきては、
背中と腰の中間くらいのところに
ずっしりと寄りかかって眠っていました。

その子が病気でなくなって、
裏庭に埋めるときに、
手紙を書いて一緒に埋めました。

「いろいろお話を聞いてくれてありがとう。
 オバケでもいいから時々会いにきてね」
みたいな内容を書きました。

つい2、3日前のこと。
相変わらずの人間関係からのストレスで
貧血状態になり、横になっっていました。

うとうとしていると、猫が・・・・
















私の母は私を産む前に
2回流産しており、3度目(私)も
何度か駄目になりかけていたそうです。

妊娠4ヶ月頃の時もやはり
体調を崩して流産しかけたらしいのですが、
その時、庭で二人の女の子が
遊んでいる声を聞いたそうです。

その当時の我が家の立地条件から、
近所の子が庭で遊ぶなんて事は
考えられないということで、
看病しに来ていた叔母に
見に行ってもらったそうです。

そしたら・・・・・