中学校硎に上がりやはり部活動はバレーボールに入った。小学校のチームの中で四人がそのままバレーボールに入った雷
当然のことながら小学校で向かうところ敵無しやったのでグッド!中学校も制覇するつもりだった淲
中学校に入っての初めてのHappeningは港近くの小学校から上がった他のクラスの女の子から交換日記をその子の友達を通してチューリップ赤申し込まれた瀅
意味も分からず受けてしまった瀨その女の子とは一年近く交換日記が続いたがあせる結局一回も話したことも無ければ竑声も聞いたこと無かったあせる
私が照れ臭かったのだと思う湜
一学期の中間テストではメモあまり勉強したことが無かった私は瀅たいした点数でなく、クラスのボンボン達が黒板に各科の合計点を計算している姿を見てむかっカチンと来た雷
そこで当時姉が中学三年生だったので家庭教師を付けていた関係、私も紹介してもらい男の大学生の家庭教師を付けてもらったグッド!姉の家庭教師は女子大生だったので少し期待して女の家庭教師になるかなと思っていたけど、後から聞いた話では、『男の子はちょっと・・・』と断れたらしいあせる一年生の期末テストでは数学を100点満点取り担任の先生を見返したグッド!
その後は勉強の仕方も徐々に分かってきて燁帰宅後は一日4時間は予習・復習と勉強したあせる
そんなこんなで中学生活がトントンと始まった竑
六年生になった頃にはクラスの半数は転校生で総勢40名程まで増えていた。六年生の担任は引き続きタヌキ先生で例の如くバレーボール漬けの日々だったあせる
チームは男女ともA、Bと2チームとなり、大会では1、2位を男女とも独占した王冠2向かうところ敵は無かったグッド!
残念やったのは焏その時代は男子は県大会が無く市大会のみだったので女子だけが県大会に進んだグー女子はどんどん勝ち進み雷何と決勝戦ではTV放映だった旗テレビ
女子チームは接戦だったが見事優勝した王冠2大会会場まで応援に行った我々は何とかTVに撮ろうと監督(タヌキ先生)を胴上げする為にコートまで行き男子も加わり胴上げした琦
後日放映を見たらテレビ燁私もキッチリと写っていたグッド!男子大会もあれば確実に県大会優勝してたのに焏四年生でこの小学校に転校し日々ひとつひとつが手作り感がありチューリップ赤充実した日々を送れたかなとグッド!しかし勉強はした記憶がないあせるというか授業というと作文、図画、家庭科しか記憶がないくらいだメモ
こんな調子で卒業式を迎える事となったが前夜に高熱が出て寝込んでいる時に父親が帰って来て母親にえらい怒っていた瀨『卒業式を休ますつもりかむかっ今から病院に連れて行け病院』私と母親はタクシーに乗って病院に行き注射を打ってもらい帰った瀨
翌日の卒業式には何とか出席できたが始終鼻水を垂らしていたあせる
後から母親から聞いた話だが父親があんなに怒ったのは本人が戦争で卒業式を経験したことが無かったから自分の子供には安易に欠席させたく無かったのかなと
卒業式の最後には硎あのタヌキ先生を皆で感謝の念を込めて胴上げした琦
五年生の夏晴れ野球の市大会があり私はショートで出場した野球
一回表に4点を取られ9回裏には1点を取ったが湜そこまでやった竑1-4で負けた焏とても悔しいかったむかっバレーボールでは負けることが無かった私は竑とても悔しく水瓶座帰り道に同級生が野球に負けた話では無く、普通の世間話をしているのが許されなかったむかっひとりうつむいて駅まで向かった
そのまま夏休みに入った晴れ