
別の病気で 手術&治療をしていて
検査で見つかったと
私の母 50代の終わり頃
そう 今の私よりずっと若かったな
会うのは そうねぇ
お盆とお正月くらいになってた頃だな
ある時 ふと見ると手が震えていて
「どうしたの?」ときくと「わからないけど震えちゃう」という
ずっとではないけど でも今思うとわりと頻繁だった気もする
おぼろげなのは そこまで深刻に受け止めていなかったのだろうな 本人も周囲も(その時は 父と母は二人暮らし 近くに妹家族はいた)
痛いわけではないし 他に症状があるわけでもない
私もまだ そのへんは全く無知だった
それが パーキンソン病だったのだ
身体のいろんなところがうまく動かなくたって
薬がこれまた強くて 幻覚症状も出る
父はずいぶん惑わされたけど 慣れてきたらうまくかわせるようになっていったみたい
うちの娘たち 母にとっては孫だけど
その名前を言って 「さっきそこにいたのに……帰っちゃったの?」とか
私にも電話してきたことがあった
なんでもないように 傷つけないように話していたと思うけど やはりどう答えたらいいか 戸惑うこともあり
父は 仕事で忙しい私に気遣い なるべく電話しないようにしていたみたい
父は元気な人で
母を最後まで介護し 看取った
もちろん妹もかなりフォローしていた
かなり大変だったろうな
母は76歳で病院で亡くなった
長女が仕事休みの日曜日に 一人でお見舞いに行っていたその時に 最期を迎えた
私は日曜日は仕事だったので 職場に知らせが入り
すぐに実家に向かった
私が長女を出産した時に 思わずドアの隙間から入ってきて おめでとうと駆け寄った母は 看護師さんにまだだめですよと 廊下に出されてしまったけど
40年以上前の あの日のことは忘れない
初孫の長女に看取られたことは せめてもの救いだなぁ……と思う
次女のことも もちろん可愛がってくれたけどね
そんな次女の義母(夫の母)
結婚してからだけど パーキンソン病が発症した
今は ずいぶん薬も改善されたようだけど
病気は軽いものではない
私だって とうなるかわからない
文章が支離滅裂になってきました
美川憲一さん 年末の仕事に間に合うように治療するらしいけど 大丈夫なのかな

トップの写真は 実家を妹が自力で色々と片付けている最中
頑張ったなぁ………妹には頭が下がる