前にも書いた内容ですが、大事なことなので

自分に言い聞かせるためにもう一度書いてみます。


私は「エホバの証人」が嫌いです。


そうであった自分のことも嫌いでした。


それは私の「人生の汚点」です。



こんな非現実的な宗教に騙されて

貴重な人生の時間や多くの機会を

無駄にして来ました。



そんな自分自身をずっと責めて来ました。



サトーさんがマスター中に

「エホバの証人でもいい」

と言われたことがありました。



「心の偏り」に気付かせてくれる一言でした。



正誤や善悪をジャッジすると

心が偏り、苦しさが生まれます。



私にとって「エホバの証人」だったことは

誤りであり悪いことでした。



私は誤った人生を歩んで来たことになります。



この苦しさを取り除くために

「エホバの証人」も「それを信じていた私」も

悪くないと考えることにしました。



誤っていたとしても

洗脳されていたとしても

滅ぼされる恐れから宗教をやめられなかったとしても

惰性で宗教的日課を続けていたとしても

毎日精一杯生きてきました。



洗脳され、辞める勇気の出せないまま過ごした

20年余りを大切な私の一部として

受け入れようと思います。



時々気持ちが暴れたり

古傷が痛んだりすることも

あるかもしれません。



そんな時は

「私は悪くないんだよ。少し人と違う道筋で生きてきて今日があるんだよ。」

と自分に声をかけてあげようと思います。



洗脳されていた過去の私も大切な私の一部です。



今の私は「あの人エホバだったんだって。」と

後ろ指を指されれば反応して

怒りの気持ちが湧いてしまうと思います。


かつての自分を受け入れられれば

こうした反応は無くなると思います。



「エホバの証人」は嫌いだし

戻ることは二度とありません。



でも「エホバの証人」と「それを信じていた私」を

否定しないことは

心穏やかに生きて行くための鍵だと思います。



時間がかかると思うけど

大切な私の一部として受け入れてゆきたい

と思います。