ある小学校で、1年生が学級崩壊をした。
きっかけは、『ブランコ』
小学校1年生といえば、これから学校という集団生活の基本を学び、環境がガラッと変わる大切な時期。
人として、学習やルールを学んでいく最初の一歩です。
その、小学校1年生で何が起きたのか。。
はじめは、ある一人の生徒がチャイムがなってもブランコをしていたのです。
先生は、チャイムが鳴れば授業が始まるという、基本のルールを教えなければいけません。。先生は、クラスメイトと供にその生徒を呼びに行きました。
もちろん、チャイムが鳴れば学習や休憩の切り替えをしないといけないと話しました。
しかし、その生徒はまたもや、チャイムが鳴ってもブランコを続けるのです。
先生は、その度にクラスメイトと供に呼びに行きました。
しかし、、、
状況が変わってきます。
チャイムが鳴ってもブランコを続ける生徒が、増えてしまいます。。
何度も何度も呼びに行く、、その度に、ルールを話すのですが状況は悪化を辿り、、その学級は崩壊します。
何故でしょう。
きっかけの一人の生徒は、、、
最初のブランコから学んでしまったのです。。
『ブランコを続けると、みんなが来てくれる。』
自分のために、みんなが来てくれる。
と、、、。
先生に、クラスメイトに、構って貰えると学んでしまったのです。
そのうちに、ひとり、またひとりと、悪循環を繰り返すのです。
集団ですから、構って貰えるというよりも、みんなが、してるからいいんだ!という学びになってしまったのです。
集団に対して先生は1人。
先生の考えも一人では限界があります。
些細なきっかけが、学級崩壊を招きます。
生徒達の気持ちを読み取る。
コミニケーションを取り、信頼関係を築く。
学習の、評価もしなければいけない。
先生も、人間で考えを持ち信念を持ち教育に携わっています。しかし、集団を教育するという中ではやはり、、手が行き届かないことも容易に感じます。
子供たちがのびのびと、ひとりひとりに合う教育ができる世の中になればと、日々感じます。
家庭での、教育。
学校での、教育。
地域、社会での教育。
すべてが、繋がってこその人間教育ではないかと思うのです。。