いつもこんなぐちゃぐちゃな文の記事を読んでくれてありがとうございます
このブログ、
読んでくれるみなさんの人生を変えたい
人生を変えられなくともみなさんの内側のなにかをちょっとでいいから変えたい
という気持ちで書いています
少しでも多くの人に共感して欲しいし
少しでも多くの人に
それは違うだろ
っていう意見を持ってもらいたいと思っています
そのためには多くの人に見てもらうことが必要です
ですが、僕は自分で広めるようなことはしたくありません
自然の流れの中で広まっていったらいいなって思ってます
まぁもともとは自己満足で始めたものなので、こんなにも読んでくれる人が増えたのはとてもありがたいことです
これからも細々とやっていきたいと思っています
さて、今回は意識について書きたいと思います
そんなに改まって書くようなことでもないんですけど
僕たちは生きていて
でも生きよう!って意識して生きている人っていないと思うんです
朝起きて、生きよう!って思わないですよね
でも朝起きたら、今日は~をしよう!とか
寝坊したから走らなきゃ
とか思いますよね
それが意識なんですよね
つまり僕らはただ呼吸して、生きることは無意識にできるレベルにいるってこと
呼吸を止めるには意識が必要だし、
自ら命を絶とうとするにも意識が必要
この無意識にできるレベルにあるってことは習慣化されてるってことなんです
生きることが習慣ってなんか変だけど、
お風呂に入って体や頭を洗うのに大して意識は必要ないですよね?
今こうやってこの文字を読むことも
日本語を読む って意識を持って読んでいる人はいないと思います
こんな風に自分が意識せずともできることを増やしていければいいと思います
最初は絶対に意識が必要です
毎日毎日意識して、段々と習慣化されていく
しかし、ここでこわいのが
慣れることです
慣れは人をダメにします
助けてもらうことに慣れた人は感謝の気持ちを持たなくなる
もちろんすべての慣れが悪いと言っているわけではありません
いい慣れ方をすると余裕が生まれます
しかし同じことに対してでも悪い慣れ方をすると奢りが生まれます
この違いが人としての質の高さを決めていきます
いい慣れ方をしていきたいものです
なんか書きたいことが多すぎてなにが書きたいのかわからなくなってきました
なので今日はこの辺で失礼します
では