今日は奇跡と当たり前について話したいと思います
こうやっていつでもどこでも誰とでも連絡をとることができるようになったことは奇跡としかいいようがないです
でも電車に乗れば大半の人がケータイの画面とにらめっこ
家に帰ってもパソコンの画面とにらめっこ
直接交流をしなくても生きていけます
便利な時代になりました
現在、この光景が当たり前になっています
逆に違うと違和感を感じたりもするでしょう
奇跡だったことが当たり前に
慣れはとても怖いもので、僕たちの神経を腐らせていきます
気づけたことに気づかなくなり
見えたものが見えなくなります
それは僕たちにとってすごくマイナスなこと
この悪循環を脱するには「普通」の基準を下げなければなりません
それはとても苦しいことで難しいことです
それでもやらなければなりません
でなければ今は気づけている環境や平和のことに気づけなくなり
今はぼやけながらも見えている未来や人々の苦しむ顔が見えなくなってしまいます
僕ら人類にとって共通の「普通」などなかなか存在しません
それゆえに争いが絶えないのです
「普通じゃない」を「普通」にすれば今僕らが考える 「普通じゃない」未来がやってくるんじゃないでしょうか
いい意味でも悪い意味でも
「普通じゃない」未来を求めて生きたいです